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《glory for the light》
【少年/少女 恋愛小説】

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《glory for the light》-12

「…基本的に頭が弱いのかもな」
彼は声を潜めるようにして笑いながら言った。僕は連られて失笑してしまう。
「駄目ですよ。そんなホントのこと言っちゃ」
「おいおい、否定しないのかよ」
「失言でした。いや、冗談です。大学に入れるくらいの頭があるのは証明済みですよ」
そりゃそうか。そう言って彼は笑った。
「ま、女のバカは可愛いげがあって許せるだろ」
「彼女はバカじゃないですよ。あれで結構、成績優秀なんです」
「そうか。まぁ、とにかくだな。こと、恋愛の駆け引きに関しては無知な子だ。今時貴重なくらい」
一口だけアイスコーヒーを飲む。苦味が舌を越えて心の中まで行き届いた気がした。
「巧くやってくには、僕が大人にならなければいけないと?」
彼は領ずいた。
「お前は知らないだろうけど。アカネちゃんな、今でこそ垢抜けた感があるが、昔はそうでもなかった。そりゃもう、図書館で太宰治とか読んでそうな雰囲気。確かに、頭の弱そうな子じゃなかったよ」
僕は怪訝に思い、目を細めて尋ねた。
「…そんなこと、何故知ってるんです?」
「高校の頃からこの店の常連だからな」
「…聞いてませんよ。そんなこと」
「口止めされてたんだよ。アカネちゃんに。自分が冴えない女子高生だったこと、お前に知られたくなかったんだろ」
健気なもんだな。そう呟くマスター。僕は制服を着たアカネが図書館にいる姿を想像したが、うまくいかなかった。
「でも、何で急に?」
「何でって、変わりたいと思うことは誰にだってあるだろう。ほら、え〜と…イメチョン?」
「…イメチェン」
「そう、それだ。とにかく、彼女は進学を期に変わった。まぁ、その前から明るい子だったから、変化したのは外見だけだがな」
僕はアカネの何を知っているのだろう。改めて考えてみたが、彼女という存在を自分の中で決定付けるものは何一つなかったことに気付く。
「彼女、この店でいつも紅茶飲むだろ?」
「アカネが初めてこの店に来た時、正確には、僕がそう思わされてた時。紅茶なんてないと言われてがっかりしてましたね。あれも猿芝居でしたか…」
僕は心持ち切味を増した目でマスターを見た。彼は所在なさげに頭をポリポリとかく。
「猿芝居か…手厳しいな」
「それで、紅茶が何です?」
「うむ。あのオーダーはな、俺にも予測がつかなかったんだ」
示唆を疑う言葉に、僕は目尻を上げた。何が言いたいのだろう。
「それまで、アカネちゃんが紅茶を注文したことなんてなかったんだよ。まぁ、元々メニューにはなかったけどな」
僕の疑問がまた深まる。なら何故…。
「以前から常連客だったのなら、知ってたはずでしょう。メニューに紅茶がないことを。そうと知って何故…?」
マスターは煙草を灰皿に置いて、思案深げに髭をさすった。
「…それなんだかな。あの時、彼女が来たのは久しぶりだったんだよ。三ヶ月ぶりくらいかな。俺も久しく顔を見てなかったんで不思議に思ってたんだがな。最初は誰か分からなかったよ。いつも後ろで束ねてた髪も下ろしてたし、染めてたし、軽く化粧なんてしてやがる…。いやはや、女は化けるもんだな。随分キレイになったよ。元の作りが良い分なおさら…」
僕は首を振ってその先の言葉を制した。
「マスター、話が脱線してます」
「…うむ。とにかく、最初は今の彼女と昔の彼女が結び付かなかった。いつも制服だったし、私服なんて見るのも初めてだったからな。それで、何処かで見た顔だなと思って、お前と話してる声を聞いてたら、ようやく思い出した訳だ。俺が声をかけようとしたら、彼女が注文したんだよ。紅茶を…」
「それはつまり、初対面の振りをしてくれという合図だと、そう思った訳ですね?」
「うむ…流石に察しが良いな。それで俺は、その芝居に乗ることにした。健気な彼女のためにな」
分からない。昔はアカネが垢抜けない優等生タイプだったことを知っても、僕が彼女を嫌いになるはずもない。
今まで優等生であり続けた自分を、進学を期に変えてみる。良くある話だ。別に卑下することではないし、むしろ微笑ましいとさえ思うのだが。何故かアカネは僕にそれを知られたくなかった。それが女の子の心理なのだろうか。


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