ベルガルド〜金髪の女、漆黒の男〜-1
暗い暗い夜の森の中で、私はひっそりと囁くように告げた。
「ベルガルド…流石にこれはまずいんじゃないかしら?」
「は?」
目の前には、うっそうと生い茂る草をなぎ倒し、地に転がる二人の男たち。
どちらもぼんやりとした視線を空中に投げかけ、声ともつかない呟きを発しながら、仰向けの姿勢で寝そべっている。
ベルガルドは、それらのヒトの様子も意に介さないという風で、男たちの黒いローブを脱がしにかかった。
「ちょっと何してんのよ!?泥棒でもする気?」
「この装束着てないと、一瞬で異教徒だってバレるだろ?だから少し拝借しようと思ってな。俺だってこんなことしたくねぇけど…」
そう、つい先程。
大人しく黒装束の集団の後を付いて行くかと思いきや、適当な二人を見繕って、茂みの中に押し込み…
どうやらDR中毒にした、みたいだ。
ベルガルドは手元のローブからトゥーラへと視線を移動させた。
「やたらと魔力を解放できないだろ。ヨンウォン教の奴ともめるような事になったら死ぬのはお前だぞ。」
私は顔をしかめた。分かってる、そんなことは。
ヒトである私が足でまといになっていることくらい。
魔族が魔力を使う際、ダーク・ローズという魔力の残り滓のような物質が空気中に霧散するらしい。
それは、薔薇のかぐわしい香りでヒトを狂わせ、死に陥れる。
例え魔族にそのつもりが無かったとしても、魔力を解放している状態でヒトに近づけば、それだけでヒトは破滅するのだ。
魔族とヒトは、永遠に相容れないのかもしれない。
そう考えた途端、胸が痛んだ。
目の前にいる魔族の少年は、確かにここにいて、私と言葉を交わしているのに…
「あんたの言いたいことは分かるけど、このヒト達どうするのよ!!あんたが魔力を解放したせいで死にかけてるじゃない!!」
「死なねぇよ。魔力を加減したからな。しばらく三途の川を彷徨って、日が昇る頃には毒がぬける。ほら、これかぶれよ。」
ベルガルドは男から剥ぎ取った黒装束を、私に無理矢理押し付けた。
そして自らも、もそもそとそれに袖を通している。
私はもう何を言っていいか分からず、開いた口が塞がらなかった。
無関係のヒト達を三途の川に平然と追いやるなんて、やっぱりとんでもない奴だわ。
この性格が魔族の国民性なのだとしたら、鳥肌が立つ。
そんな風に心の中で愚痴りながらも、その装束を着た。
だって、せっかく尊い犠牲を払ったことだしね…などと自分に言い訳しながら。
村人達は連なりながら山道を登って行く。
私達はバレないようにフードを深くかぶったが、後ろを振り向く者もなく気づかれることはなさそうだ。
(セシルは無事だろうか…)
じわじわと競りあがってくる不安に押しつぶされそうになる。そもそもベルガルドに同行したいと言ったのは私の我が儘であり、セシルが危険な目に遭うことなど、決してあってはならない。
(あの子は楽しく幸せに暮らさないといけないんだから…っ)
セシルに初めて会った時に、一番苦労したのは、笑ってもらうことだった。