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記憶の欠片
【悲恋 恋愛小説】

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記憶の欠片-1

──気がつくと、私は知らない家の前にいた。

ココハドコ…?

家の中から男が出てきた。男と目が合う。雨がぽつぽつ降り始めた。
男は目が合った瞬間、その目を見開いて、そして口元を歪めた。どこか寂しそうな目をしていた。



そして、私の目を見て言った。

「おかえり、『ハルカ』…」

「『ハルカ』?違うわ、私はそんな名前じゃない。私は…」

そこまで言って口をつぐんだ。



ワタシハ…ダレ…?



「ハルカ?お前…何も覚えてないのか…?」

「私…、私は…」

「いいんだ、無理に思い出そうとしなくても。ハルカが帰って来てくれただけで十分嬉しいよ」

そう言って男は私を抱き締める。彼の腕の中はどこか懐かしさがあった。

「俺は武だ。そしてお前は悠、清水悠だ。俺達は夫婦なんだよ、悠」



『武』と名乗る男は私をそのまま家に入れた。
雨に濡れた私のために彼はお風呂と着替えを用意してくれた。

「そのセーター、悠が好きだったんだ」

風呂から出た私を見て彼は寂しそうに微笑んで言った。

壁に貼ってある写真には私と彼が並んで写っていて、写真の中の私達は笑っていた。
私は何も言えなかった。



その日から私は武と一緒に住み始めた。いや、もともとは一緒に住んでいたのだけど。
武はいつも優しかった。けれど彼の心はいつも『私』に向けてはいなかった。私を見て『私』ではなく『悠』を思っていたのだ。
それが私には辛かった。

1ヶ月に1度、武は私を病院に連れて行った。
病院では過去の自分についていくつか質問をされたり、脳や体に異常がないか検査したりした。
医者は私のことを『彼女』か『あなた』と呼んだ。それは私が『清水悠』ではない、彼女とは違う人のような、そんな気にさせた。


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