記憶の欠片-2
そして5年の月日が流れた。
記憶はまだ戻らない。
いつものように病院へ行き検査をした結果、私の体に異常が見られた。
「ガンが発見されました。あちこちに転移し始めています。はっきり言うと、あと3ヶ月の命でしょう」
「ガン…ですか」
私の隣で立っていた武はやけに落ち着いた声でそう言った。
「入院をして治療に専念すれば少しは長く生きられるかもしれませんが…」
「いえ、いいです。治療はせずにこのまま普通の生活をしたいので。それが悠の望みです」
「分かりました」
彼らは2人で勝手に話を進めていた。当事者の私は全く会話に入ることができなかった。
私、死ぬの…?
そう思った瞬間、とてつもない恐怖感が襲った。
イヤダ、シニタクナイ。
そう声に出したかった。しかし2人はそれを許さないかのように私のこれからについて話を進めていた。
まるで操り人形のように、私の人生を私が決めることはなかった。
それから武は前以上に私に優しくなった。
けれど私はあの日から笑うことができなくなった。彼が急に怖くなったのだ。
私のそんな様子に気付いた彼はさらに優しくする。私はもっと怖くなる。
私達の関係は『夫婦』から、つぎはぎだらけの洋服のようなものになった。
穴が空いたから布を足せばまたどこかに穴が空く。いくら溝を埋めようと彼が優しくしても、それは2人の溝を結果的に深くしていた。
──悠がガンで亡くなって10年が経った。俺は白髪が少しずつ目立つようになり、階段を上るのが辛く感じるようになった。
悠、俺はお前を幸せにできたかな…?
悠がガンになったとき、俺は少しでも長く一緒にいたかったため、悠の意志に背いた。それでも悠は「頑張って治すから」と笑顔を見せてくれた。
でも、結局、病院で治療に専念してもガンは治らなかった。
最期の時間を悠は病院のベッドで過ごした。
「治療はしないで自宅で武と最期の時間を過ごしたい」という悠の願いは俺のエゴによって叶わなかった。
さらに、悠が息を引き取るとき、俺は仕事で悠の側にいてやれなかった。
ハルカ、ハルカ、ハルカ…。
悠を失った悲しみと悠に対する罪悪感が俺をおかしくした。
俺は悠の体をとある研究に提供したのだ。
クローン技術の研究に。