恋の奴隷【番外編】―心の音D-2
「ひどいよなぁ、あんなに一緒に遊んでたのに、顔も忘れるなんて…」
「だ、だって!あの頃の面影なんてこれっぽっちもないじゃない!」
「体型のこと?引越してからナッチーに会えないのがショックでさ、みるみるうちに痩せてったわけ」
「う、嘘だぁ…あ、眼鏡!あのだっさい眼鏡はどーしたのよ!?」
「あぁんっ!?だっさいとか言うなよな!運動すんのに邪魔だからコンタクトに変えただけだよ。そしたら、俺ってば意外にスポーツ万能だったみたい」
にしし、とはにかんだ笑い声を漏らすノロに、私は唖然として目を丸くしてしまう。
「久しぶりに会ったってのにナッチー俺に無関心で、全然気付いてくんなくて。どれだけ俺がショック受けたかなんて分からないだろ」
そう言うとノロは、恨めしげに私をじとりと睨んで。
「そ、そんなこと言われても…ノロが変わり過ぎなんだってば!ノロとしか呼んでなかったから、名前だって覚えてないし…」
私は、その視線を避けるようにして、しどろもどろに言葉を紡ぐ。
「ひ、ひでぇ…もうのろまじゃないからな!」
ノロは悲鳴のような声でそう言うと、半ベソをかいてすっかりむくれてしまった。
「ご、ごめんって。それにしてもよく私のこと覚えていたわね」
「…俺ってみんなにからかわれてたじゃん?それ見てナッチーはまるで自分のことのように、怒ってくれてさ。いっつもかばってくれてた。もちろん、俺にも『何で笑ってんだ、言われたままで悔しくないのか』って、叱ってくれて。嬉しかったんだよね。俺はへらへらのんきに笑ってばっかで、そんなキャラだから、馬鹿にされてたんだけど、本当は泣きたいくらい悔しくて。ナッチーが初めてだった。俺と真剣に向き合ってくれた人は。だから、忘れるわけがないんだよ」
ノロはそう言うと照れ臭そうに、はにかんだ笑いを浮かべた。
私がいくら口を酸っぱくして怒っても、『僕が我慢すれば、誰も嫌な気分にさせないで済むでしょ』と、肩をすくめて困ったように笑っていたノロ。
本当は私だって悔しかったんだから。ノロがみんなにからかわれたり、罵られたりする度に。私にとってノロは本当に大切な友達だったのだから…。
「…それなら何で連絡一つ寄越さなかったのよ」
ノロとのお別れの日。私は一人になってから隠れて泣いた。口では強がって、寂しいなんて言わなかったけれど。
「へッ!?したよ!何回も手紙送ったのに、返事くれなかったのはナッチーの方だろ!」
そんなはずはない。ノロがいなくなって、私は毎日郵便受けを確認していたのだから。ノロからの便りを待ち侘びて…。
「ほら、これだろ?ナッチーの住所!」
ノロがもう一度胸ポケットに手を入れて、不機嫌そうに荒々しく取り出した小さな紙切れ。それは引っ越す当日に、私が渡したものだった。
『僕のこと忘れないように、いっぱいお手紙書くからね』
その言葉を信じて。…けれど、届くわけがないじゃない。だって、肝心な住所が間違っているのだから。