『one's second love〜桜便り〜』-7
だけど、これは間違いなく、要の日記。
勝手に覗き見るっていうのは、正直どうなの?
人の良心の欠片も残ってない兄貴の言葉を借りるなら、これは私自身のためだって言うけど。
それでもこれは要にとって他人に絶対踏み込まれたくない部分のはずで。
私が土足で上がろうとするには、不相応な領域。
「やっぱり無理だよぅ…」
仰向けに寝転がり、投げ出した天井には真っ暗なしみが広がっていた。
一人になって、色々考えてみたけれど、不安はどんどん募っていく。
このままじゃ、何もかも失ってしまうのに。記憶が薄れていくのとは裏腹に、私の思いは溢れそうなくらい、水かさを増していた。
要を知りたい。
もっと、要を知りたい。
私に残ってる古い紙切れが燃えつきてしまう、その前に…。
出来ることは、一つしかなかった。
『3月1日 日曜日 晴れ
近所に変な奴が越してきた。
どれくらい変かと言うと、いきなり家に挨拶しにきたかと思ったら、ズカズカと俺の部屋にまで上がってくるような暴れっぷり。
入ってくるなり、お茶を出せだの、菓子が少ないだの、挙げ句の果てには俺の勉強を見てやると言って、いつまでも帰らない。
おかげで、俺の貴重な一日が潰れてしまったのはここに書くまでもない。
ただ、コイツが本当に勉強が出来たのは、こっちにとってかなりアウェイな誤算だった。
夕飯までご馳走になって、すっかり『ご近所さん』になってしまったそいつは、帰り際にやっと自分の名前を名乗り…。
颯爽と、去っていった。
そういうのは普通、最初にするもんじゃねーの……岬ちゃんよ。』
『3月9日 火曜日 晴れ
今日は、少し嬉しいことがあった。
体育のマラソンで一位を取ったんだけど、それは別に珍しいことじゃない。
ウチの学校は走る距離が男女平等という、一部の人間から非難されそうな形態をとっている。
そのマラソンで一位をとった。
つまり、岬に勝ったということ。
転校するやいなや、勉強、人気、スポーツとあらゆる分野で話題をかっさらっていったこの女は、今やクラスのスター。それまで俺の独壇場だった体育の授業は、美味しい所を全部岬に持っていかれ……。
でも、今日、やっと一つ。一つだけ、勝つことが出来た。
男と女?
体力バカ?
そんな罵言は聞こえてこない。
重要なのは結果なんだから。
俺がそう言うと、クラスの皆から白い目で見られたが、岬に気にしてる様子はまるでなかった。
なんか、俺だけムキになってるみたいじゃん。
そんな感じで、プライドを懸けたはずのレースは、いま一つ納得できない形で終わってしまった。』