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『one's second love』
【初恋 恋愛小説】

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『one's second love〜桜便り〜』-2

最初の二ヶ月はとにかくそっちの環境に慣れるので精一杯だった。今まで地元から一歩も出たことのない反動。毎日がとても早く感じた。
その甲斐あってなんとか住み心地良く大学生活を満喫できるようになった頃には、昔のことも少しだけ薄れていった。

「いらっしゃい、要くん」
鼻孔を擽るような甘い声。俺が行きつけの喫茶店のドアを開けると、オーナーのナツコさんがカウンターから声をかけてきた。
「今日は早いわね。大学は休講?それともまたサボり?あっ、コーヒーでいいよね」
まくしたてるようにせわしなく動くナツコさんの動きと舌。この店に通いはじめて半年になるがいつもこんな感じだ。
「大学は夏休み。サボるのは経済の時だけ。あと、砂糖は入れないで」
俺はさっさと席につくと、煙草を一本吸う。普段は店内禁煙だが、常連の客には甘いのだ。
「そっかぁ、夏休みか……。いいねえ、学生は体たらくで」
週一でコンパに通うこの人には言われたくないと思ったが、口にすると本気になるのであえて黙った。
「はい、どうぞ」
と言って、ナツコさんはテーブルの上に熱々のカップを置いた。スッと立ち昇る緩やかな湯気。ここのコーヒーは絶品だったが、それよりなにより店の雰囲気自体が落ち着いていて、俺が足しげくここに来るのもなんとなくそんな喧騒から遠ざかった場所を求めていたのかもしれない。
この街の流れは、田舎育ちの俺には速すぎるから……

「そういえば要くん。お盆は帰らなくていいの?実家の人、心配してるでしょう」
不意をつかれ、ナツコさんが急にそんなことを言った。思わず、飲みかけた珈琲で吹き出しそうになった。
「誰が心配してるって?」
「だ・か・ら、親御さんとか。君、ちっとも帰ってないんだって?クラスの子から聞いたよ」
何を聞いたのか知らないが、帰ってないのは事実だ。実際、親から仕送りが届くときも決まって「連絡をよこせ」という催促の手紙が添えられている。
全て事実だ。
かなり深刻な状態だ。
だから俺はなるべく、何でもないような顔をして言った。
「だって、帰ったってすることねーし…。ここでナツコさんとお茶飲んでた方がましだよ」
「またそんなこといって……、地元で待ってる人とかいないの?」
「いねーよ、そんな高尚なもん」
即答していた。自分でもびっくりするくらい。
「そ、そう…。でもね、一回くらいは帰省したほうがいいわよ。こっちに慣れてきちゃうとね、歯止めが利かなくなるの。都会っていうほど便利な町じゃないけど、何でも揃ってるしね。…戻る必要が、なくなるからかしら」
「なにそれ、体験談?」
「さあね。人生の先輩のちょっとしたアドバイスよ」
先輩はからからと笑うとまたカウンターへと引っ込んで、サイドメニューのサンドイッチを作り始めた。


?


「残ってる物……って言っても、アイツほとんど何も持たずに出てったから…」
「あ、それならそれで結構です。じゃあ、お邪魔しますね」
兄貴がこちらにVサインを送って中へと促す。玄関に張り付いていた私がそっと顔を出すと、すでに交渉済みだと言わんばかりに堂々と靴を脱いで上がっていく我が兄の姿が妙に頼もしく見える。
「あら、圭ちゃんの妹さん?久しぶりね」
「こ、こんにちはっ!ご無沙汰してます」
急に現れた私にも笑って挨拶してくれたオバさんにしどろもどろな返事をしてしまい。
耳まで、真っ赤になってしまい…。


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