『one's second love〜桜便り〜』-14
「彼女の中で、岬はもう死んでたんですよ。今は新しい自分。まるで、生まれ変わったみたいに……かけ離れていた目の前の岬が、ただ信じられなくて」
そう、絶望したんだ。
高校の卒業後、雪が溶けるのを待てずに俺は街を離れた。
その足取りは軽快で、いつも待ってばかりの俺とは違う。新しい生活が始まる予感に嬉しくなったりもした。
実際、こっちで過ごした半年は充実していたと思う。忙しさに身を置く事で、見えないものから目を背けて目前に迫った社会という現実。
それだけに照準を合わせて……。
岬の中で俺がいない存在になるように、俺も岬を過去の人だと割り切れるようになるんだと、本気で思ってた。
…でも、俺は出会ってしまった。
ナツコさんに出会ってしまったから。あの人があまりにも孤独で、寂しがりやで臆病で。
あまりにも、俺と似ていたから。重ねてしまっていた。気付いたら、岬のことばかり考えている。そんな自分が滑稽で、白々しくて、みっともなかった。
「今の岬を好きになれる自信がないんです」
俺はもう一度、さっきの問いに答えを出した。
先生に聞かれてやっと言葉にできた、不安定な気持ち。
電話先で、張り詰めた空気が鳴った。先生が切り出したのは、それからしばらく経ってからだった。
「…要はさ、ウチの奴の何処が好きだったわけ?」
「昔の…岬ですか?」
「そう。お前の中にいる岬って、どんな人間なわけ?どんな顔で笑って、どんな風に話すの?何が得意で、何が苦手なの?」
…俺の好きだった岬。
明るくて、サバサバしてて、変に大人ぶっていた岬。
ドリカムの歌が好きで、ピアノが人より上手く弾けて、勉強が少し出来る岬………。
周りに人がたくさん集まる。当然、俺もその一人。
だけど、一つだけ、苦手な物があった。
遊園地の絶叫系。ちっさい頃に連れてかれた時に珍しく怖がっていたのを覚えてる。
でも、これって……。
「お前が岬をどう見てるかなんて知らない。俺はお前じゃないから、お前の目で見た物が全てなのかもしれない。
……でもな」
無機質な金属音。タバコに火を付けた波多野先生はきっぱりと言った。
「俺にとってみれば、今も昔も何も変わらん。生意気で、手の掛かる妹だ」
「………」
何が変わった?
そう聞かれれば、いくらだって答えを用意することができた。
そうやって、全てを否定すれば俺の望む未来がやって来るって信じてた。
俺は、待つか逃げるかしか出来ない人間だから。
先生は、違う。
ちゃんと岬の事を見てた。自分だって、苦しんだはずなのに。
「俺……。決めつけてたのかな。元に戻らなきゃ意味がないなんて」
そんなの、自分勝手なただのエゴなのに。
岬からしてみれば、なんて非道い話だろう。
変わってしまったのはむしろ、俺の方なんだ。
「いや、お前の考え方は間違っちゃいないよ。若いんだから、悩むのは当たり前。そこでどんな答えを出しても、後悔しなけりゃいいんだ」
「何か、珍しく先生っぽいですね」
「チッ…。うるせーよ」
そこで、二人して吹き出した。
久し振りに笑って、スッキリした気がする。
「もう、心配なさそうだな」
「はい、ありがとうございました」
電話を切る。
部屋に静寂が帰り、俺は窓のそばにあった手紙を手にとった。
現実から逃げ出した所で、何とかなるなんてことはない。
過去に拘った所で、未来が変わるなんてことはないんだ。