『one's second love〜桜集め〜』-1
もし、私があなたのことを忘れていたら?
もし、それがもう抱えきれないほどの哀しみになっていたなら。
迷い続けた先に何も見付けられなかったとしたら…
私はたぶん、それでも。
探すことをやめたりなんかしない。
?
今日もまた、代わり映えのしない一日が始まろうとしている。
昨日と同じ顔をして、昨日と同じ授業を受けるのが何だかとても馬鹿馬鹿しい。唯一好きだった体育も、一週間ほど前に始まったマラソンのせいでいまいちやる気がしない。
とにかく、学校に行くのが憂鬱で仕方なかった。
だからって、駄々をこねたところで所詮は現実。
願として引き込もろうが世間は助けてくれないのだ。時間は待ってくれないのだ。
「行ってきます…」
今にも死にそうな顔をして俺は家を出た。
バス停に向かう通学路には春を待つ葉桜が蕾になって咲いている。
全くうっとうしい。
どうせスグ散る桜なら咲かなければいいのだ。
見慣れた公園にそびえる一本の木をみながら俺はそんなことを考えた。
…ふと、視線を感じる。
刺すような視線だった。振り返ればそこに立っていたのは知った顔だった。
「よう」
俺が軽く手をあげるとそいつはつかつかとそばに歩み寄ってきて、
「なにやってんの、アンタ?」
といぶかしげな表情をみせた。
「ナニって、岬と一緒さ」一緒にするな、という顔をされたが気にせずに続けた。
「登校してるんだ」
「そうじゃなくて私が聞きたいのは何でそんな所につっ立ってんの?ってこと。遅刻志願者?」
もしかしたらそうなのかもしれない、と思った。
「そう見える?」
「かなりね…」
岬は遅刻志願者というより変質者をみる目で俺をマジマジと眺めた。
「懐かしいな、って思ってさ。昔この公園でよく遊んでたから」
目の前を淡い光が通りすぎた。
そこには小さな岬がいて、俺がいる。
ほんの僅かにぼやけた遠い記憶だけど、その部分だけははっきりと思い出せた。
「憶えてる?」
俺はいつもと同じ質問をした。
彼女と再会してから毎日のように吐いている言葉を。岬は首を振る。小さく溜め息にも似た声で言った。
「さあね。わかんないわよ…」
?
岬が記憶喪失になったのは五年前。
本人からはそう聞いている。
向こうで何があったのかは知らない。ただ、この町に岬が戻ってきたとき。
既にそこは彼女の生まれ育った場所ではなかった。
俺の知っている岬は、もういなかった。