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サディスティックに愛されて
【少年/少女 恋愛小説】

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サディスティックに愛されて-3

―ザワザワザワ……―

 雨音が一層大きく耳に響く。
 そっと離れた沙希が、俺の肩に置いていた手をスルスルッと地面に向かって落す脱力感に満ちた音に、状況を飲み込めない俺の心臓は、ただ意味も無く高鳴っていく。
「なんで…そんなに優しくするのよ…」 
 視界に飛び込んでいる佇む少女は、俺の知っている沙希とは別人だった。 
 小さなその身体は、更に小さくなって、今にも零れてしまいそうな、瞳いっぱいに溜めた涙を堪える姿は、辛そうで、弱々しくて…。
 そんな沙希に戸惑って、苦しくなって、どうしていいかわからない…そんな俺の口から飛び出した言葉は、『パニックになってたから』なんて言い訳では片付けられないような、どうにも非情としか言いようのない言葉だった。
「なんだよ…またからかってんのかよ」
 顔を上げた沙希の瞳から、許容量を超えてしまった涙が一気に溢れたのがわかった。
「……ばか!あんたみたいな鈍い男…好きになるんじゃなかった…ばか」
 そう吐き捨てて、俺の右肩をかすめた沙希の身体が、ピタピタピタ…と濡れた地面を蹴りながら、雨の中に消えてゆく…その音がすっかり消えてしまった頃、俺は、再びヨロヨロと玄関の柱に歩み寄り、もたれ掛ると、力なくドッサリと座り込んだ。
 なんだか情けない気持ちになりながら、立てた膝の間に頭を入れ、うな垂れると、髪が含んだ雨粒が、灰色のコンクリートの上にポタポタと滴る。
 体が燃える様に熱い。なのに、震えが止まらない。
 その震えは、寒さのせいなのか、それとも……。
 だって、本当に今まで全く気が付かなかった、沙希の気持ち。
 自分の父親を寝取った女の息子なんだ。憎まれているとは思っても、まさか好きだなんて…。
 それなのに、「からかってんのか?」なんて…こんな酷い言い方しか出来ないなんて…

「どう見ても、雨宿りしているような姿じゃないな。隆文」
 顔を上げると、雨に打たれて哀れな姿になった俺の鞄を拾い上げ、苦笑いを浮かべる拓の姿が飛び込んだ。
「拓!」
 『お前、いつからそこに居たんだ?』と問いかけそうになって、慌てて言葉を飲み込んだ。
 『最初から居た』なんて言われたら、きっと恥ずかしくて立ち直れない。
 そんな俺の気持ちとは裏腹に、何事もなかったように『おまえと相合傘は不本意だが、仕方ないな』と言いながら傘を広げる拓を見上げる。
「なぁ、拓…」
「ん?」
「俺って…そんなに鈍いか?」
「ハハハ…そうだな。決して鋭くはないだろうな」
 いったんは、驚いた顔で俺を見下ろしたが拓だったが、その顔は、すぐに優しい微笑みに変わり、彼は、一度広げた傘を閉じ、俺の横に座り込んだ。
「俺、沙希が何考えてんのか全然わかんねぇ」
「なんて情けない顔してんだよ隆文。イイ男が台無しじゃないか」
 再び顔を膝の間に突っ込んで、唸るように呟く俺の頭をクシャクシャと撫でて、顔を覗き込んだ拓は、いつもどおり優しくて、泣きそうになる。
「確かに、彼女の愛は見えにくい。だけど、俺はわかるなぁ沙希の気持ち。自分の家庭を滅茶苦茶にした女の息子だぜ。憎悪の念に駆られることはあったとしても、まさか好きになるなんて…自分でも自分の気持ちが分からなかっただろうな。だけど、ダメだと思っても、どんなに自分に嘘をつこうとしても、好きって気持ちは止められないんだよ。それがたとえ、好きになってはいけない相手でも。それが『破滅的な恋』だとしても…それは、隆文の母さんがそうだったように…沙希は、自分と同じように『破滅的な恋』をした隆文の母さんの気持ちが理解できるから、きっと今は、誰のことも憎んでなんかいないんじゃないかな。ただ純粋に、隆文のことを愛しているんだと思うよ」
 俺は、顔を上げて、タオルで俺の頭を拭いている拓を見上げた。
「大人の恋をしているんだな、拓は。僕には到底理解出来ない世界だ」
「俺の場合は、相手が俺の事を想っていてくれている可能性はゼロだけど、沙希の場合はどうなんだろうな。なぁ隆文君?」
「どうって?」
 きょとんと見上げる俺を指差し『仔犬みたいだ』と笑った拓が『おまえのことだよ』と言い、俺のほっぺたをギュッと引っ張って、ケタケタと笑った。
「俺の…こと?俺が沙希のことをどう思っているか?…そんなこと、考えたこともなかった」
「これは、隆文にだけには、絶対言わないでって沙希に口止めされてたんだけどさ……」
 そう言って『よいしょっ』と言いながら立ち上がり、ポケットに手を突っ込んで遠くを見つめる拓を呆然と見上げた。


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