恋の奴隷【番外編】―心の音C-2
「…毎回、何で牛乳なんか」
「俺からのささやかなプレゼント!愛情たっぷり、期待を込めて、ね?」
おどけたように、奴は片目をつぶってみせる。
何が、ね?だよ、全く。期待だか何だか知らないけれど、プレゼントなんていらないから今すぐ私の視界から消えて欲しい。
奴に無理矢理連れ回されたあの日から、何を企んでいるのか知らないけれど、こうして一日一箱必ず牛乳を持ってきては、私が完全に飲み干すまでその場から離れてくれないわけで。
「ほら、どうぞ」
奴は器用に、ささっとストローを刺して、私の口元にパックを突き出し、飲むよう促してくる。
「喉渇いてないから…」
「だってもう開けちゃったしさ、遠慮せずに…」
私がそう言って片手で奴の方に突き返すと、奴はその手を押し退けて強引に私の口にストローを突っ込み、パックを軽く潰してきて。そんなことをしたら、ストローを吸わなくたって中身は飛び出してくるわけで。いきなり牛乳が注ぎ込まれ、吹き出してしまいそうになるのを堪えて、ゴクリと何とか喉に通したけれど、少し鼻に入ってツーンとする。
「ちょっと!危ないじゃないのよ!」
涙目になって怒鳴り立てると、つーっ、と鼻から何かが垂れてくる違和感を感じた。
「ぶっ!!あははははッ!鼻から牛乳って!ナッチーほんと面白いのな!ひッ!!はははは!」
奴はまさに抱腹絶倒といった感じで、苦しそうに笑い声を上げていて。私の目の端では、柚姫が顔を真っ赤にして必死に笑いをこらえている姿が映る。奴の大きな笑い声が教室中に響いて、何だ何だと他の生徒達もこちらの方を見やり、みるみるうちに笑いは伝染していって。
「………う゛ぅぅ…」
私のこめかみに青筋がぶっつりと浮かび上がったのが自分でも分かる。地響きを立てる勢いで低く唸る私に、柚姫はびくっと身体を硬直させて。奴もぴたっと笑い声を止めて、顔を引きつらせている。
「……もう許さないんだから!」
─キーンコーンカーンコーン
虚しいかな。奴の胸倉に掴みかかろうと手を伸ばしかけると、昼休みの終了を告げるチャイムがそれを制した。
「…あ、授業始まっちゃうよぉ…ははは……」
奴は目を泳がし、すくっと立ち上がると、そそくさと自分の席へと戻って行く。行き場を失った怒りが、ぐつぐつと私の中では煮立っているのだけれど、どうにかこうにか押し鎮めて。柚姫は申し訳なさそうにおずおずとティッシュを私に差し出してきて。私はそれを無言で受け取ると、チーンっと音を立てて力任せに鼻をかんだのだった。