嵐が来る前に-8
最終幕 悲しみの中で
「もう、いられなくなりそうだから、変わるよ。
学校」
そう口にした時の僕は、どんな顔をしてたんだろう。
「女子校に行く」
母さんは絶句した後すぐに、父さんに連絡し始めた。
「お兄ちゃん、いなくなっちゃうの?」
そばにいた優が相変わらず、鋭い疑問を投げ掛けてきた。
そんな弟の目線までしゃがみ込み、抱きつく。
「そうだよ優。お兄ちゃんはもう、いないんだ」
「お兄ちゃん、お姉ちゃんになるんだ?」
身体を離すと真っ直ぐに見つめてくる弟の視線を受け止めながらも、恐る恐る訊いてみる。
「優はお姉ちゃん、嫌い?」
「大好きーっ!」
叫ぶように言うと、今度は優の方から僕に抱きついてきた。
今回も、優の無邪気さに救われた気がした。
この身体になってから何度、弟のこの無邪気さに救われてきたか知れない。
「晶、お父さんが『出来るだけ晶のしたいようにしなさい』って…」
「うん。ありがとう」
背後からかかる声に、僕は蹲ったまま返事をした。
あれから夜遅くに帰ってきた父さんと話し合った結果、僕たち家族は父さんの会社に程近い街に家を買い、そこに引っ越す事になった。
その街に丁度、中高一貫教育の女子校があったからだ。
その学校は私立校だったから、編入試験を受けてそれに合格しないと入れないけど、母さんの言うには僕の学力は充分通用するとの事。
その時初めて知ったのは、母さんもその昔そこに通っていたと言う事実だった。
そして次の日から女子校の資料を集めたり、必要な所に連絡を取ったりする父さんの表情が、どこか楽しげに見えた。
「実は息子より娘が欲しかったンじゃあ?」
横でボソリと呟くと、父さんの動きがピタリと止まる。
こめかみには冷や汗まで浮いていた。
「なるほど。今までどう扱っていいのか迷ってたんじゃなくて、それを隠す為の芝居だったんだ」
狼狽えまくる父さんの姿に、僕は溜め息を吐く。
「もういいよ、父さん。
こっちだって我が儘を聞いてもらってるんだから、父さんの好きにすれば?」
そう言った僕が馬鹿だった。
次の日何をトチ狂ってか、いきなり雛人形を買ってきたのには、流石の僕も目眩がしそうになった。
子供じゃないんだから。
しかもおもいっきり季節ずれまくりだし。
そもそも家を買おうかって時に、一体何考えてんだか。
突っ込みどころが多すぎて、何も言う事が出来なかった。
それから次の日の放課後。
学校の授業が終ってから、誰もいない生徒相談室で、担任の先生が来るのを待っていた。
やがて扉が静かに開いて、先生が入ってくる。
「遅くなってゴメンねぇ。会議が押しちゃってぇ……」
滅茶苦茶フレンドリィな言葉遣いで謝ってきた。
石橋譲(いしばしゆずり)先生。
男のような名前だけど、歴とした女の先生だ。
社会科の先生なんだけど、その飾らない正直な(はっきり言えばミもフタもない)教え方に僕たちは好感を覚え、一番年の近い先生と言う事もあいまって、男女問わず学年で最も人気のある先生だった。
僕も去年から引き続いての担任だった事もあって、先生たちの中で一番話しやすい人だ。
「それで、話ってのは何なワケ?」
「うちの親からなにも聞いてなかったんですか!?」
向かいのパイプ椅子に座りながら発した先生の言葉に、僕は目を丸くした。
「えぇ。君の事を『転校させるから、後の事は本人に直接聞いてくれ』でしょお?
こっちは何がなんだかさっぱり分かんないわよぉ」
「はぁ〜……」
『さては父さんの奴、浮かれまくって適当な事しか言わなかったな?』
長机に突っ伏す先生に僕は事情を察し、同情の眼差しを向けながら、深々と溜め息を吐く。
「と言う事で、一体何がどうなってるのか。
先生に教えてくれるわよねぇ?」
向かいで頬杖を突きながら、上目使いで見てくる先生(この人本当に先生だろうか?)の言葉に暫く躊躇ったが結局、先生にだけは全てを打ち明ける事にした。
「転校の理由は……。
くどくど口で説明するよりも、実際にその目でみてもらった方が早いですね」
立ち上がってからハタと気が付いて、先生に聞いてみる。