嵐が来る前に-7
柔らかい片野さんの手の温もりを感じる裏で、僕は呆然として立ち尽くすしかなかった。
「教えてよ。
鳴海くんがこんなに苦しんでまで、さっきの言葉を言わなくちゃならなかった理由。
私に教えて?」
片野さんは僕の手を両手に握り直し、後は黙って見つめてくる。
「それだけは……、言えない……」
それを口にするために、僕は彼女に包まれた拳を、握り締めなきゃならなかった。
その事自体、片野さんにまる分かりだ。
僕の仮面もヒビだらけで、最早仮面の役目をはたしていない。
「私には、言えない事なの?」
「誰より好きな片野さんだから言えない」
片野さんの驚いたとも、嬉しいとも取れる複雑な表情。
その瞬間、僕が一体何を口走ったか、今更になって気が付いた。
言うつもりのなかった言葉が勝手に口を衝いて出た事に、僕はどうして良いのか分からなかった。
━言わなきゃならない言葉に苦労して
伝えてはいけない言葉がさらりと溢れた━
「嬉しいよ、鳴海くん……」
「……………」
僕は血を吐く思いで、喜びの涙を流す彼女を突き放す。
「それでも、片野さんと絶対に付き合えない……」
「鳴海くんに嫌われるよりも、いいよ。
私、鳴海くんに嫌われたんだと思ったから。
今まで通り、そばにいてくれるだけでいい」
ズキッ!
片野さんはそう言うといきなり肩を掴んできて、そして……。
「んんっ……!?」
片野さんの、初めて感じた柔らかな唇の感触。
そこから伝わる片野さんの温もり……。
嬉しい……。けど怖い!
片野さんだけには、女の子の身体に気付かれたくないから…。
暫くして、僕から離れる片野さん。
「ぁ………」
ほっと安心する気持ちと、嬉しさ、そして離れていく寂しさ。
「鳴海くんに、私の1stキスをあげたかった。
だから、これくらいはいいでしょ?」
片野さんは頬をピンク色に染めながら、いつもの笑顔を見せた後、教室へ走り去っていった。
「僕も、初めてだったんだよ」
片野さんの消えていった廊下をじっと見つめる。
「だけどもう、ここにはいられないよな……」
唇に残った感触と、片野さんの残り香に包まれて、僕はそっと呟いた。
最終幕へ…