『鵺』-10
「本当に大丈夫なのか?」
その言葉に伸治は頷いた。
「ああ。麻薬犬を使って確認済みだ。オレ達が開発した〈モノ〉は、税関にも引っ掛らない」
「じゃあ、取引の350万ユーロも予定通りで?」
ガマルの疑問に対し、伸治は力強く頷いた。
「そう。リヒテンシュタインに作った合弁会社に、お互いの資金を投入し、先物取引やデイトレーディング等の合法な取引で金を膨らませる。
後は会社の利益としてお互いへ還元する。
いくら国税庁が調べてもシッポは掴めない。完璧なマネーロンダリングだ」
縦板に水の如く説明する伸治の姿に、ガマルは満足気に頷いた。
「週末の取引が楽しみだよシンジ」
「心配するなよガマル。アンタを必ず億万長者にしてやるさ」
17歳の少年は、屈託の無い笑顔を見せるのだった。
ー翌日ー
夜。郊外の小高い丘に造られた巨大な建物。
〇〇大学附属病院。
10畳はあろうかという広い病室は、簡易ベッドやテーブル、サイドテーブルが配されている。
その東側を向けられた大ぶりのベッドに横たわる白髪の老人。
髪はキレイにとかし上げられてはいるが、長い入院のためか、身体は痩せ細っている。
そのベッドサイドに伸治と璃美が立っていた。
「オヤジさん…」
そう言って伸治は老人の手を取り、優しく撫であげる。
「今日は姉の璃美も連れて来ましたよ」
傍らに座っている璃美は伸治と替わって手を握ると、顔を老人に近づけた。
「…オジさん。璃美よ。いつもご無沙汰ばかりでごめんなさい」
璃美の言葉に老人は握られた手をかすかに動かし、目だけを2人に向けている。
その動きに伸治と璃美は、目を細め笑みを浮かべた。
老人の名は安岡政一郎という。
30人ほどの構成員から成る安岡組の組長であり、伸治と璃美の後見人。
そして育ての親。
伸治と璃美の父親は安岡組の構成員だった。しかし、組同士の抗争に両親は巻き込まれ、殺害されてしまった。