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夏の雪
【純愛 恋愛小説】

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夏の雪-1

雪が見たい、って彼女は言った。
長い入院生活に嫌気が差したのか、なんなのかはよくわからないけれど。
たまには外のモノを見てみたい気持ちはよくわかる。
できればその気持ちを汲み取ってやりたいのは山々なのだけれど、ただ残念なことに
それは不可能に近い。
俺はうだるような暑さに溜め息をつく。
午後の公園のベンチのさらに上、太陽は燦々と輝いていた。
7月。海外ではどうか知らないが、日本で言えば夏真っ盛り。
おそらく、いや絶対に日本で雪を見られるところはないだろう。
いまさらながら、安易に頷いてしまった自分が恨めしい。
「おじさーん、かき氷一つー!」
声の方向に目をやると、子供達が公園の屋台に集っていた。
内心ホッとする。どうやら『おじさん』とは俺のことではないらしいから。
それにしてもたしかに熱い。
かき氷に集る子供達を見たせいか、俺までもかき氷を食べたくなってしまった。
「おじさん、俺もかき氷」
「あいあい」
古ぼけたかき氷機にガラス細工のように透き通った氷がセットされる。
ガリガリと音を立てながら削られてくそれは……
「シロップはどうする?あんちゃん」
「いらない」
「いらない?いらないって、そのまま食べるのか?」
「食べないよ。おみやげ用さ」
おじさんの不審な顔を尻目に、俺は病院への道を歩き出した。


「早いじゃない?」
病室に入るなり、彼女はむくれた顔で俺を睨み付けた。
最近はいつだってそうだ。
昨日今日の『雪』騒動も彼女のこの機嫌が原因といえる。
まだ高校生になったばかりと言うのに、人生の先が見えてしまう絶望感。
イライラしてしまう気持ちは充分にわかる。
しかもそれが何かの対象でないから、昇華しようもない。
だから、やり場のない苛立ちはそのまま身近な人へと及ぶのだろう。
「雪取ってくるまで、来ないって言ったわよね?入れてあげないっていったわよね
?」
キリキリと音がしそうなほどの苛立ちを込めて、彼女は言う。
でも、その中にある僅かな安堵を俺は感じてしまう。
もう来てくれないんじゃないか、そう思いながらも彼女は俺にこうして我が儘を言え
ずにはいられないのだ。
少しでも自分の中の苛立ちを昇華するため、怒りの棘で自分の心の中を傷つけないた
め、近い未来に訪れる避けられない死から目を背けるために。
「だから、持ってきたんだよ」
「騙されないわよ、そんなの。持って来れてないなら出てってよ!」
ティッシュ箱が耳を掠める。リモコン、携帯。
彼女が花瓶を飛ばす準備をするところで、持ってきたモノを取り出した。
少し不自然なくらいにサラサラとした雪玉が、手のひらに転がっている。
彼女の目が大きく見開いた。
信じられない、言葉に出さないでも何が言いたいのか理解できてしまう。


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