仮装情事。〜鉄の女と人気レイヤー〜-8
「……さて」
そこに入って、呟きが一つ。その後、私は衣装用の鞄からエイナの衣装を慎重に取り出す。
持ち上げた衣装を広げ、破れやほつれがない事を確認。
そして、クローゼットからハンガーを取り出すと、ドレスをかける。
だがしまうわけではない。私は別の鞄に手を移すと、チャックを開けて小さなポーチを取り出す。
「……」
それを脇に置いた後。
私はゆっくりと服を脱ぎ始めた。
それから、数分。
私はリビングに姿を現した。
哲也は私に背を向けて座り、やや俯き気味。布が擦れる音はかなり聞こえているはずなのに、それに反応する気配すらない。
だから、私は呼びかけてみる事にした。
「…哲也」
「……」
反応なし。
「…っ!あ、はいっ」
かと思えば、やや遅れて返事が返ってくる。そして、哲也は私の方を振り返るのだが。
「ちょっと考え事、を…」
私を見るなり、絶句。目を大きく見開き、口がぽかんと開いた。まあ、当たり前だろう。
何故かって?それは、私が――
「…済まない、遅くなってしまった」
今日のイベントで扮していたエイナのコスプレで現れたから。当然、小物類もちゃんと着けている。
「…きょ…京香、さん……」
哲也はなんとか私の名を声に出したが、その先は口をぱくぱくさせるばかり。多分、いきなりドレス姿で現れた事に相当驚いたのだろう。
「さて、話を始めようか」
一方、私は平然とした態度で哲也の隣に座る。
普段なら、人を驚かせて本題を切り出すような真似はしないが、今回は何が何でも私の秘密を知ってしまった哲也を口止めしなければならない。これも作戦のうちだ。
「…正直、君とあそこで会うとは思わなかったよ。知り合いにコスプレイヤー関係の趣味を持つ人がいるだなんて、考えもしなかった」
「…ま、まぁ…俺も、アイリさんが京香さんだったなんて、思ってもみませんでしたから…」
まずは軽く驚きを伝え合う。
「…ただ、私は自分の趣味を他人に知られたくない」
その後、やや固い表情。
「何せ趣味が趣味だ。下手に知られると言いふらされそうなものだからな」
「あ…はい」
思惑通り、哲也は混乱したまま改まる。
これなら私の思うように物事を運べそうだ。そう思ったせいか、妖しい笑みを浮かべながら、私は彼ににじりよる。
「…で、哲也はそれを知ってしまった。私としては、その事は自分の胸にしまってもらいたい」
「い、言わないっすよ。第一、そんな事言おうものなら俺もアウトっすよ?」
確かに正論。だが今はそんな事など関係ない。
「残念だが、何の見返りもない状態では人の口に立てた戸は意外と緩いものだ。万全を期すためには、何か見返りを用意しなくてはならない」
「は、はぁ…」
「わかるだろう?秘密を守ってくれるなら、相応の見返りを用意する…俗に言う等価交換、ってやつだ」
とりあえず、いくらかわかりやすい解釈を用意してやる。それに対し、哲也は「はぁ」と理解しているのかしてないのかわかりづらい生返事。
まあいい。哲也が理解してようがしてまいが、やる事は変わらない。