仮装情事。〜鉄の女と人気レイヤー〜-5
フラッシュと、シャッター音。
撮れたのを確認してから、なるべく自然に離れる。
「…ずっとファンだったという事で、サービスです」
そして、にこやかに笑ってみせた。対する哲也は、いきなり腕に抱きつかれたせいか顔が真っ赤だ。
よし、普通に振る舞えている。これなら大丈夫――彼の態度に、内心でガッツポーズ。このままミスがなければ、哲也に気付かれないで済む。
「ありがとうございます、来た甲斐がありましたっ」
そんな内心を、哲也は知る由もない。三脚からカメラを外しながら、何度も頭を下げてくる。私はそれを見ながら、「いえ、お役に立てて嬉しいです」とまた微笑む。
「…あ、一つ聞いていいですか?」
そしたら、三脚とカメラをしまい終えた哲也は頭を上げ、私をまっすぐ見てきた。私は違和感を持たれないよう、まっすぐ見返す。
「はい、何でしょうか?」
ついでに、軽く首を傾げる。「京香」がほとんどしない仕草。ここまですれば、流石に……
「…アイリさん、どうして俺の事を名前で?」
…え?
「俺は確かに哲也です。ですけど…アイリさんとは初対面のはず。なのに俺の名前を知ってるって…どうしてですか?」
…嘘?私、哲也の事を名前で呼んでた?
「アイリ」が知らないはずの男を、名前で?
まずい。まずすぎる。
私は致命的なミスを侵しながらそれを見過ごしていた事に激しく動揺し、一歩二歩とたじろいでしまう。
「え、えっと…」
それでも何とか、私は取り繕うために台詞を捻りだそうとするのだが。
「そ、その…ぉっ?!」
動揺しすぎていたらしい。普段は絶対に踏まないスカートの裾を踏んづけ、足を引っかけてしまった。後ろの方へ思い切り転び…
「危ないっ」
…かけた。
後ろにつんのめりそうになった所で、哲也が私の腕を取ったのだ。
「…あ…ありがとう…」
転びそうになった所を助けてくれた哲也に、私は感謝する。だが一方で、引っ張られた事に若干の不満を覚えてしまう。
そこに、先程の混乱が掛け合わせられ…
「…だが哲也、手を掴んでそのまま引っ張るとはどういう事だ。引っ張るならそのまま力任せ、ではなく、空いてる手で相手が倒れないように押さえないと相手が痛がるぞ」
うっかり、不満をぶちまけてしまった。
「京香」の口調と声で。
私は言ってしまった後でその事に気付き、慌てて口を押さえた。だが、それで一度出た言葉がなかった事になるはずもない。
「…え…」
当然、哲也は驚く。目を丸くして、自分の前に立つ私をまじまじと見つめる。それに対し私は、この期に及んでまだ誤魔化そうとあがく。
「…す、すみません。つい口調が乱暴になってしまいました…」
慌てて「アイリ」の口調と声に戻し、「京香」の口調と声を「興奮のため」と偽る。
だが、おそらく無駄。哲也の目に映っていた疑問は、既に確信へと変わっている。それなのに誤魔化そうとした所で、意味がない。
そう悟った私は言葉を失ってしまい、哲也が何か言うのを待つ他なくなってしまった。
その結果、私と哲也の間に気まずい沈黙。