仮装情事。〜鉄の女と人気レイヤー〜-4
ちなみに今日は、参加したかったがデートの都合で参加を断念していた、人気アニメ「魔戦騎士」のイベント。私が参加しているのはそのコスプレ部門である。別れた事で参加できるようになったのだ。だが急な参加なので、毎回やっている新作コスチュームの御披露目はなし。代わりに何回か前に着たヒロイン「エイナ」のドレスに細かい修正を施して、より凝ったものを着ている。
そして、カツラを着けていくつかアクセサリーも着ければ――
――アイリ扮する「エイナ」の出来上がり。見る者達の反応はいつも通り上々で、近くにいる人達はみな私に注目する。
その視線、
フラッシュ、
シャッター音、
全てがたまらなく心地いい。
アイリとなり、こうやってコスプレをしている間、私は嫌な事を全て忘れられる。
会社の事。
男をふった事。
頭の中に溜め込んだ、「京香」の感じたストレスを、解き放ち、撒き散らし、全て忘れ、今はただアイリとして――
――イベントは、あっという間に終盤を迎えた。
私のスタイルは、大衆向けのパフォーマンスから個人向けのサービスへ移行。ちらほらとカメラを手にやって来るファン達を相手に、ツーショットの連続。中には同じコスプレイヤーまで申し出て、アニメのシーンを再現する始末。悪ノリもいい所だ。
だが悪くない。こうやって羽目を外すのも――人が大分はけて、ツーショット希望者も来なくなった頃に、私はひと息つきながらしみじみと思う。実際、イベントに参加した後は本当に気分がいい。それは初めて参加した時からずっと変わっていない。多分、私にはこういうのが必要なのだろう。
「…あの、すいません」
…っと。そんな事を考えている間に、また次の希望者が来たらしい。私は「アイリ」として、声をかけてきた相手の方に笑みを向ける。
「はい、どうしま、し…た……」
だが不覚にも、浮かべた笑みを硬直させてしまった。
相手は、世が俗に言う「おたく」の体型とは大分違う、私と同じくらいの背で程良くがっちりした体型の男。どこにいても無難な感じの地味な服装は、この会場でもうまく埋没しそう。一方、持っているデジカメはかなりの高額品、かつ使い込まれている印象。おそらく、大分こういう場に着ているのだろう。
「じ、自分…ずっとアイリさんのファンで…」
……だが、私はその程度で笑みを硬直させたりはしない。硬直の理由は、別の所にある。
「…できれば、一緒に写真を撮りたいんですけど……いいですか?」
…その男は、明らかに私が知っている男。
2ヶ月近く前に合コンで知り合って以来、友達じみた付き合いをし始めていた男――
――哲也(てつや)。
自分が「アイリ」から、急速に「京香」へと戻り始める。だが、今は「京香」に戻るべきではない。
落ち着け、落ち着くんだ京香、いやアイリ。確かに相手は「京香」という私を知っている哲也だ。だが彼の口ぶりからして、アイリが京香である事に気付いていない、だから私がアイリとして普通に振る舞えば大丈夫だ大丈夫なんだぼろさえ出さなきゃ絶対にばれることはないそれにうっかりぼろを出して疑われたとしてもアイリとしてしらを切れば何とかなる……
いろいろな事を一瞬で自分に言い聞かせ、自分を落ち着かせようとする。だが間の抜けた事に、それこそが混乱の原因だというのには全く気付かない。
結果、私は自分の中では極めて冷静な、しかし実際は極めて混乱した状態で哲也と相対する。
「は…はい、いいですよ」
いつも振り撒くアイリの笑みで、機嫌が良さそうに頷く。
「三脚みたいなものは持ってますか?」
「あ、はい。折り畳み式のものがあります」
哲也に気付いた様子は、やはりない。肩にかけていた鞄から三脚を取り出すと、カメラをそこに固定する。そして、レンズの向きなどを調節すると、タイマーをセットしてこっちに向かってきた。その間に、私は軽く深呼吸。
「…では、哲也は普通にしてくださっていいですよ」
「は、はいっ」
哲也が私の隣に立つ。私はいつものように、彼の腕に抱きついて頭を軽く肩に乗せる。