捨て猫-4
何気なく、電源が立ち上がるまでの間、猫耳娘へと視線を向ける。
すると、ちょうど寝返りをうつのが目に止まった。
掛け布団を跳ね除けるようにして、左足が根元まで露になる。
幸い、というか残念ながらと言うのか、上手い具合に右足と交差され、大事な部分は
見えることはなかったが、
そんな際どい、見えそうで見えなはがゆさに逆に駆り立てられてしまうのが、男とい
うもので、俺はその姿に釘付けになってしまった。
というか、むしろ白い太ももに俺の貸した白いTシャツ。
それにそそられない男は男じゃない、とさえ思う。
そんな夢の塊を眺めながら、今日何度目かの違和感に気がついた。
太ももの付け根に、何か黒いものがあるのだ。目を凝らしてみると、ほくろでもな
く、何やら文字のようだった。
それは、猫耳や尻尾に比べれば、些細なことではあったが、気になるには気になる。
好奇心は過去にあったことなんて、関係ないもの。
だから、ゆっくりとなるべく足音を立てないように、猫耳娘に近づいた。
その姿はさながら変質者、ちょっと自分で自分が悲しくなった。
「072?」
付け根の文字列は、そう書いてあった。
いや、書いてあったんじゃない、なにやら焼印のようなもので押してあるのだ。
または、刺青か何かか、どちらにせよ、詳しくない俺にはわからなかった。
だが、それにしても、卑猥な数字列だ。
072……どうしてもアレを連想せずにはいられないじゃないか!
「何?」
耳の端からくる、少し不機嫌そうな声。
見ると、目を瞑りながら眉だけを吊り上げ、猫耳娘がいかにも不機嫌そうな顔をこち
らに向けていた。
「え、何?」
近づいてセクハラをしよう、としたとでも思われたのだろうか。だったら、誤解だ。
あ、いや誤解でもないか、こうして観察する事もある意味セクハラだ。
「何って。今あんた私の名前呼んだでしょ」
名前。ああ。
そこで俺は、ようやく理解した。
この数字は、この猫耳娘の名前なのだ。
そういえば、保健所の動物に、そんな数字が付けられていたような気がする。
そして、彼らはあたかもその数字を、名前のように扱われているのだ。
でも、数字は名前にしてはあまりに味気無く思う。
名前は意志であり、願いであり、存在その物なのだ。
それを数字のような意志の無いただの記号で表すとは、なんだか許せない。
その存在に対する冒涜とすら、感じる。
「072、072、オナ、オ……」
駄目だ、どうしてもアレが頭によぎってしまう。
俺は思春期の頭を呪った。
「何してるのよ?」
不機嫌と疑問を織り交ぜた顔で、頭を捻る俺の顔を覗きこんでくる。
「名前、考えてるんだ」
「名前ならあるわよ、072って」
「それは名前じゃない。ただの番号だ」
「番号だって名前じゃないないの?」
「番号は、区別するための物。でも名前は、区別するためだけの物じゃない、存在を
証明する物だって俺は思うんだ」
彼女はそれきり黙った。
納得したのか、それとも臭い台詞に呆れたのか、わからないが。
ただ、考える俺の顔をジッと見つめる態度からすると、あまり悪い評価ではないのか
もしれない。