捨て猫-14
「おまえには、何もわからないんだよ。どうせ、温々と何の悩みも無く生きてきたん
だろう。羨ましいこったよ、まったく」
「わからないわよ、そんな贅沢者の悩みなんかね。むしろ、わかりたくもないわ。で
もね、温々生きてきたつもりはない。
不幸の自慢をするわけじゃないけど、今のあんたより私はずっと、苦しい思いをした
わ」
「だったら、どうしてわからないんだよ。俺のこの苦しさが」
「じゃあ、聞くけどあんたは、わかってもらってどうして欲しいわけ?よしよしと頭
を撫でてもらってほしいの?それとも、親身に聞いてもらって適切なアドバイスでも
してもらいたいの?だとしたら、私はどれもしてあげられない」
たしかに、わかってもらってどうするのだろう。話したって、苦しみが軽くならない
ことを俺は知っていたのに。
だったらどうして?
答えはすぐに出た。
聞きたかったんだ。
この社会に属すること無い『捨て猫』に。
彼女の価値観で、教えて欲しかった。
この罪が取るに足らない物なのか、償いきれないほど大きな物なのか。
「そうだね。じゃあ教えてくれないか?俺のした事、ユキはどう思うかを」
「だから言ったでしょ。贅沢だって。私はね」
そこでユキは耳を折り曲げながら躊躇うように、一呼吸置いた。
猫のような、というか半分猫の彼女のことだ。
やっぱり警戒心も高い。
特に、自分の過去のようなプライベートの事ととなれば、人間だって少しは躊躇う。
「私は、自由に憧れてた。いや、憧れというより、切望ね。つい最近まで、私の世界
は、白い実験室だけだったから。寝ても覚めても白一色の世界っていうのは、気が狂
いそうになるわ。想像できるかしら?何もない、たまに来るとしても実験所の職員く
らいの世界が。時間を潰そうにも、あんたの家に当たり前にあるテレビやパソコンも
何もないのよ?
あり過ぎた時間って言うのは、どんな拷問よりも辛い物よ。苦しみとか、怒りとか、
全部通り越してあまりの不自由さに死にたくなった時もあった。それでも、外の世界
で色々な物に出会う事を夢想して何とか耐えたの。
そんな私にとっては、あんたはとっても羨ましいわ。たしかに、罪悪感は、あなたを
苦しめるかもしれない。
でもね、あんたは選択次第で、いくらでも自由に生きられるのよ。あんたには、一生
わからないかもしれないけれど、それってとってもとっても素晴らしいことなんだか
ら」
なるほど、と思わずにはいられない。
そんな不自由な生活をさせられたユキの口から出るからこその、重みもある。
たしかに、彼女と比べられては俺も贅沢野郎だ。
でも、だからと言って、俺の犯した罪はなくなるわけじゃない。
「この悩みも贅沢だってのはわかったけれど。俺のやった事は、どうすればいい?償
うも償う相手はもういない。法に裁いてもらおうにも、法にかかるような罪でもな
い。忘れろとでも?」
「償えない罪ならば、背負っていくしかないじゃない。一生懸命生きていくうちに、
そのお荷物は軽くなってくわよ」
それで、いいのか。
そんな簡単な事だったのか。
疑問はいくらだって残る。
それに、苦しいことは変わらない。
でも、光明は見えた。
何をすれば良いのか。
それがたとえ、ユキの価値観から見たとても主観的な物であっても、道は見えたの
だ。
一生懸命、精一杯生きること。それがトシへの供養。