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《Loose》
【少年/少女 恋愛小説】

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《Loose》-6

「…君は、どんな状況で苦しんでいるんだ?」
早紀は靴裏で煙草を踏み消した。手に持ったままのライターを見つめ、やがて遠い視線を紅い空へと投げる。彼女は、言葉を噛み締めるように、その経緯を語り出した。
早紀は、隣街の高校に通っていた。就職率も進学率もそこそこの、至って凡庸な学校だった。彼女に友人は多く、客観的には充実したライフワークを送っているかに見えた。それでも、早紀の中には、抱えきれない寂寥感があった。因果は、両親の離婚に起因する。母親が不倫をした結果、母は、早紀と夫を捨てた。良くある話しだ。しかし、早紀はその事実が露呈するまで、母親がそのような不貞な行為に及んでいるなどとは、考えたこともなかった。仲の良い両親だと信じて疑わなかったため、裏切られたとも感じていた。四組に一組の夫婦が離婚する時代だ。そんな少女は数えきれないだろう。それでも、[辛いのは自分だけじゃないから]と言う偽りの優しさに癒されるほど、彼女は鈍感な人間ではなかった。
(僕は早紀のことを、強い人と思い込んでいた。けど、本当の彼女は、そこら辺の女の子よりもずっと脆くて弱いのかもしれない)
友人と談笑していても、表面的な笑顔の裏には、いつでも悲しみのしこりが存在していた。偽りと本音の狭間で早紀は苦悩する。よりどころは、幼い頃から愛してやまない音楽だけだった。部屋に閉じ篭り、ギターを弾いて束の間の安息に浸っても、夜が明ければまた苦悩が始まる。精神的疲労とフラストレーションは日増しに膨れ上がっていった。
そんなある日、早紀の高校に、産休の音楽教師の代理に臨時教師が就任してきた。まだ若輩だが、妻を持っていた。特にルックスが秀でていた訳ではないが、知的で温厚。生徒の面倒見が良く、ユーモラスな一面も兼ねた人だった。そして何より、彼は教師という職業以上に音楽を愛していた。音楽の授業中、真摯な眼差しで熱弁を振るう彼のひたむきな姿に、早紀は次第に心惹かれていった。彼と早紀が、音楽を通じて親密になるにはそれなりの時を要した。それでも、時を積み重ねて育んだ感情は、教師と生徒の壁を取り除くに足りるものだった。最初は、彼は早紀のことを一生徒としてしか見てはいなかった。
それでも、早紀の相談を受け、愛する音楽の話題で盛り上がる内に、彼女を見る目は変わっていった(勿論、早紀が人並み外れた美貌を宿していたことも因果だろう)。しかし、早紀の心の奥には、彼の妻に対する罪悪感と父に対する罪悪感が渦巻いている。愛する人に裏切られる苦しみを、誰よりも良く知悉している故の想いだ。彼女は、彼への想いを忘れようとする。しかし、彼は違った。妻を裏切ってでも、早紀との情愛を育もうとした。もしかしたら、理性の対義は恋なのかもしれない…。盲目的に、しかし真摯に、彼は早紀を愛した。傷付いていた早紀は、その愛を無視できるほど、強くはなかった。やがて二人の関係は学校内だけには留まらず、休日にはデートと呼べる交際をし、ある時には、一線を越えたりもした。しかし、倫理に背いた行為が、いつまでも明るみに出ないはずがない。同級生の密告により、学校側に二人の関係が知られたのだ。結果としては、二人は謹慎処分だけで済んだが、早紀は自主退学という道を取る。それは贖罪でもあり、侮蔑からの逃避でもあった。
学校を辞めた早紀は、あの楽器屋でバイトを始めた。
『此処に居ても愛が許されないなら、何処か遠くへ行こう。妻のことなら、気に病む必要はないよ。…どうせうまくいってなかったんだ…』
それが、彼が早紀に言った言葉だ。しかし、駆け落ちするには費用が要る。社会人とは言え、新米の臨時教師にそれだけの資金はなかった。だから、一旦全てが解決したかに見せかけ、二人は費用を貯めていた。早紀のバイトはそのためだった。
「…私、彼を信じてると言ったけど、嘘ね。本当は不安なのよ。奥さんともうまくいってないし、音楽教師と言っても、所詮は専門外の仕事だから…。色々と不満もあって、それをまぎらわせるために、私と付き合ってるのかもしれない…」
早紀は自嘲の笑みを浮かべ、一瞬だけ僕を横目にした。
「それでもね…私には彼しか居なかった。アンタと逢うまではね…」
僕は何も言えないのをごまかすために、煙草に火を付けた。早紀の声が、これほど苦痛をともっなったことはない。
「…初めはね、アンタに声をかけたのは、軽い気晴らしのつもりだったのよ…。学校を辞めて、彼とも疎遠になってたし、人と接することに飢えてたのかもね…。軽い悪戯心で、アンタに煙草買ってさ…。久しぶりに同年代の人と話したかったのよ。もちろん、あれだけじゃ満たされなかったけど、次の日にまたアンタが顔出してくれた時には、…凄く嬉しかった…。ホントに、嬉しかった…」
僕は何も言えず、ただうなずいた。そんな僕を見て、早紀は微笑んだ。


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