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《Loose》
【少年/少女 恋愛小説】

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《Loose》-4

「大丈夫。分かるよ。一から十まで、君の全てを理解できるとは思っていないさ。一つで良い。たった一つを共有するだけで君が救われるなら、僕は十を求めない。要らない訳じゃないけど、必要でもないからね。全てを理解しなければ、人が手を取り合って歩けないのなら、今ある世界は根本からして間違っている。そうだろ?」
煙草の煙が目に染みたのか、それとも、僕の言葉を吟味したのか、早紀は固く瞼を閉ざす。その脳裏に浮かぶ人を、僕は今後知りたくはなかった。瞼を開いた時、彼女は笑っていた。
「…ありがと。何となく、アンタならそう言ってくれる気がしたわ」
「意外性がなくて落胆した?」
「いいえ。ホッとした気がする。見込み通りの男ね。神崎は」
「それは光栄ですね」
言った後で、それ以上の言葉が思い付かず、僕は煙草に火を付けた。消え行く紫煙と共に、全てのしがらみが霧散してしまうのを祈っていた。
稚拙な表現に、『友達以上恋人未満』という言葉がある。端から見れば、僕と早紀はそんな風に写っていただろう。しかし実際の所、僕等が互いに求めるものは、そんな安易な言葉で形容できるほど、単純ではなかった。けれど、敢えてその関係性を表現しろと言われたら、僕は『絆』という言葉を選ぶ。
七月の日曜日、僕は早紀の家に行った。その日の空は、初夏の陽光が真っ青に染め上げていて、気分一つで蒼穹の彼方に飲み込まれそうな位だった。空に悠然とたたずむ入道雲を見上げると、それが別世界への入り口にも見えるから、不思議なものだ。いつもの喫茶店で、早紀は煙草をくゆらせながら待っていた。
「女を待たせるな。この甲斐性なし」
早紀は特に怒った風もなく、少しだけ口許を緩めて言った。
「甲斐性か…今朝、排泄物と一緒にトイレに流した気がする」
「便器に手を突っ込んでも取り戻すべきね」
僕が向かい側の席に座ると、彼女は呆きれたように笑う。
「そんな汚い手で君と逢うのは、それこそ無礼さ」
「ねぇ…アンタの舌禍は親譲り?」
「まさか。自己実現の産物さ」
「そう…。迅速な廃棄処分をお勧めするわ。リサイクルは空き缶だけにしてね」
僕は思わず笑った。
「早紀の口もなかなかのもんだよ」
「お誉めの言葉かどうか判別し難いけど、ま、いいわ」
早紀は微笑み、短くなった煙草の先端で、新たな煙草に火を付けた。
「今日はどうする?」
「取りあえずはCDショップね。バイト代も入ったし、買い揃えたいCDがあるのよ」
僕はキャスターマイルドに火を付け、煙越しに早紀の瞳を眺めた。
「その後は?」
「何が言いたい?」
「君の家に行きたい。エフェクターを借りたいんだ。いいだろ?」
早紀は暫し逡巡し、煙を盛大に吐き出す。
「いいわ。確かに、そろそろ必要かもね。何がいいの?」
「ディストーションか、オーバードライヴ」
「OK.マルチとは言わない所が玄人の予兆ね」
早紀は口の端を笑みに象り、楽しそうに言った。割合、僕の成長を楽しんでいるのだろう。
僕たちは喫茶店を出ると、繁華街へと出向いた。CDショップと本屋に寄り、早紀はMrBIGのアルバムを買った。僕は本屋でロック雑誌を買った。
「ねぇ、アンタは洋楽は、何が好き?」
人並みに紛れながら並んで歩いていると、早紀が突然訊いてきた。
「基本、洋楽しか訊かないんだけどね。MrBIGも好きだよ。『GOINWHERETHEWINDBLOWS』が一番好きかな」
「歌ってみる?」
「…え?」
雑踏の騒音に、僕は聞き違いをしたかと思った。
「アンタが歌うかって、そう訊いたの」
早紀はさらりと言った。
「それは…何の話しだ?」
「何のって、ギター弾いてたら、いつかは人前で演奏したいでしょ?私はボーカルなんて柄じゃないし、歌うなら神崎しかいないと思ってさ」
勝手に話しを進める人だ。僕は少し、早紀の言葉を吟味した。
「僕の歌じゃ、ギタリストの価値が半減するかもよ?」
「それでも神崎の他には考えられないわ。ボーカルはバンドの顔なんだから、アンタじゃなきゃ、私は嫌よ」
彼女が僕に執心してくれるのは嬉しかったが、現実問題は別である。
僕の歌で、大好きな早紀のギターを煩わせるのは耐え難かった。好きだからこそ、僕は早紀の隣りで歌うのを躊躇った。


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