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「命の尊厳」
【ホラー その他小説】

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「命の尊厳」前編-3

「では、あちらで伺いましょう」

桜井達は〈相談室〉と表示された部屋に案内された。
部屋は6畳ほどの広さに応接セットが一組。アイボリーの壁に、小さなリトグラフが掛かるだけの質素なたたずまいだった。

「それでは伺いましょうか?」

松浦は桜井達にソファに座るよう促すと、自身は奥のアームチェアに腰掛ける。
桜井は内ポケットから大きめの封筒を取り出し、中身をテーブルに展げた。

「…被害者の詳しい情報が分かりました。野上諒子、30才……」

桜井は復唱するように、既実部分を最初に読みあげてから続ける。

「…彼女の身内、親戚等は不明です」

松浦が困惑した顔を見せる。

「…不明って…?」

「彼女は生後間もなく病院の前に捨てられてたんです。その後、養護施設で育ち、18歳になると施設を出てひとり暮らしを始めたそうです」

「…そうですか……」

桜井の言葉に、松浦の表情が曇る。

「…それと」

会話に割って入るように、高橋がカードを差し出した。それは松浦も何度か目にした事のある物だった。

「…ドナーカードですね…」

桜井は大きく頷く。

「被害者の財布の中に入ってました」

松浦はカードを受け取ると、俯きため息を吐いた。やるせない気持ちが胸の中に広がっていく。

桜井は彼の気持ちを察したのか、ソファを立ち上がると、

「犯人は必ず捕まえます。先生はどうか彼女を治してやって下さい」

桜井と高橋は一礼して相談室を後にした。

しかし、今の松浦には桜井の言葉は虚しく聞こえた。





「…動脈の二酸化炭素分圧…66mmhg…」

大学病院から派遣された2名の医師により、自発呼吸の有無をチェックしていく。
受けているのは集中治療室に居た野上諒子だ。


脳死判定。


すでに1回目のチェックを済ませ、6時間後の今、2回目の最終チェックも終えた。

「脳幹反射無し。脳波平坦。瞳孔4ミリ以上。自発呼吸無し……」

ひとりの医師が検査結果を読み上げる中、もうひとりの医師は時計を見つめる。

「…午前11時20分、死亡確認」


温かく心臓の動いている野上諒子の〈遺体〉は、直ちに手術室に運ばれた。

手術室には10名のスタッフに2名の執刀医が待ち構えていた。
ドナーカードに示された臓器を役立てるために。


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