ナツユメ-2
――ナツのトモダチ――
一人の少女と目が合った。
見覚えの無い顔だった。しかし今、彼女は俺の名前を呼んだ。
だから、全くの他人という訳ではなさそうだ。
俺が不思議そうな顔をしていると、少女は話しかけてきた
「私の事覚えてない?」
・・・覚えてない。少女には申し訳ないが、
俺は本当に全く覚えていなかった。
「覚えてないみたいだね。」
何の反応も示さない俺に、少女は一言そう告げた。
黒のロングヘアを一つにしばり、白いワンピースを着ている少女。
年は俺より一つ二つ下に見える。
「あんなに一緒に遊んだのに、忘れちゃうなんてひどいな。」
少女は独り言の様にそう呟くと、俺に背を向け、上を見上げた。
「何して遊ぼうか。」
そのまま彼女は問いかけた。俺はというと、
彼女の後ろ姿を見ながら何も言わずただじっとしていた。
「また遊んでくれるよね。」
水面に反射し、ゆらゆらと揺れる真夏の太陽は、やけに眩しかった。
「かくれんぼっ!」
「・・・は?」
木陰を後にし、土手を歩き始めた俺の後ろを、
少女はついてきた。
「しようよ、かくれんぼ。」
「お前いくつだ。」
この歳になって、かくれんぼを進んでしようなんて言い出す人間がいるとは思わなかった。
「十五歳。」
しかし彼女は平然と言ってのける。
「かくれんぼは子供の遊びだ。」
「私達子供。」
「かくれんぼをする様な歳じゃない。」
少女には失礼だが、けっこう頭が悪いのだと
思った。
「じゃあ何して遊べばいい?」
今更だが、なぜ俺はこいつと遊ぶ事になって
いるのだろう。
「そりゃあ今時の若者の遊びといえば、カラオケにプリクラにゲーセンに・・・。」
・・・そんな物無かった。
俺だってそんな大都会に暮らしている訳ではない。
しかしそんな俺が瞬時に頷ける程、ここはド田舎だった。
「私、知らない。」
彼女には、俺が口にした単語が、地球語に聞こえなかったらしい。まあ無理もない。
「お前はいつも何して遊んでるんだ。」
少し位マシな遊びがあるだろう。田舎の暮らしに興味が涌いた。
「私?かくれんぼだよ。」
興味が失せた。
少女はフォローする様に続ける。
「あとね、セミとりと、貝殻集め。」
「・・・他には?」
「それだけ!」
恐るべしド田舎。じゃあセミが居なくなったらどうするつもりだと問いただそうとも思ったが、
秋になれば木の実を拾い、冬になれば雪だるまをこしらえ、
春になれば花を摘む事くらい予想がついた。俺にはついていけない。
「帰って寝る。」
俺は足を速めた。少女はびっくりして小走りになる。
「どうして?遊ぼうよ!」
「忙しいんだ。」
「寝るって言ったよ?」
「寝るので忙しい。」
「寝るより遊ぶ方が楽しいよ!」
「俺は寝る方が楽しい。」
そう言うと、少女は立ち止まり、寂しそうな表情をした。
少し邪険にしすぎた様だ。
「友達と遊べばいいだろ。」
俺は足を止め、彼女の方へ向き直り声をかけた。
少女は悲しそうな笑顔をつくると、
「そうだね。」と頷く。
「でも私、友達いないから。」
・・・蝉が鳴いている。太陽が地面を焦がす様に照りつける。
俺の影も、少女の影もはっきり砂利道に映し出されている。暑い。
でも俺は、冷たく寂しい空気が肌にまとわりつくような感覚を覚えた。
「・・・・・・。」
俺は黙ったままだった。
かける言葉が見つからなかったからだ。
俺のそんな様子に気付いた少女は、笑って言葉を続けた。
「確かに今はいないけどね、昔はいたんだよ?いつも一緒ですごく楽しかった。」
昔の事を思い出しているのか、少女の声は弾んでいる。
「もう、そいつはいないのか?」
「いるよ?」
少女は人差し指を立てて顎にあて、微笑んだ。
そしてそのまま腕をのばして俺を指差した。
「桐一君。」
「・・・え?何だ。」
「桐一君だけが、私の友達だったんだよ。」