Kalaidoscope Otoutokun-2
「あっ、これ、昨日のなんだけど、環、食べる?」
環が無言で取りにきた。そういえば、帰ってきてからあんま元気ない。あの子となんかあったのかな?
「どう? 弥玖と嶺はおいしいって言ってくれたんだけど……」
そこまでで、後は言葉が続かなかった。キッチンとカウンターを挟んで、環が静かな怒りをこめて、あたしを見つめていたから。
「……天梨はほんとにどうでもいいの?」
「え、何が?」
「俺と瑠禾が付き合ってることとか、昨日の夜、瑠禾が俺の部屋に泊まったこととか」
「瑠禾」という言葉の響きで、昨日のあの子が甦る。そういえば、環と同じ、ふわふわの頭をしてた。――全然どうでもよくないよ。
「俺は、天梨が彼氏と一緒にいるのは嫌だ。今日一日ずっともやもやしてた」
わかる!あたしも同じ気持ち!!
そう心の中で激しく同意したのと、環の髪の毛があたしのおでこにかかったのは、ほぼ同時だった。
ゆっくりと唇を離すと、
「甘いの、は、もういらない」
と言い残して、部屋から出ていく。
まるで1年前に戻ったみたいだ。
この家に引っ越してきて、かなり普通に話すようになったのに、この一ヵ月間、天梨とろくにしゃべってない。
せっかくの夏休みなのに、たまに俺が家にいると天梨はどこかに行ってしまうし、俺も毎日のように夜遅くまで遊び回っていた。
珍しく俺が家にいる、真夏日の午後。嶺は部活、弥玖さんは受験生だから図書館、天梨もそれについていくように買い物に出掛けてしまった。
クーラーのきいた部屋でうとうとしていると、チャイムがなった。めんどくさかったがインターホンをとると、小さな画面にあいつが映っていた。無言で受話器を置いて、玄関の扉を開ける。
「……天梨なら、今いないけど」
茶色いストレートな髪をした舜祐が、意外そうに眉を上げる。
「あー、弟くんか」
ムカッとしたけどなんとか耐える。それに気付かず、もしかしたら気付いてるのかもしれないけど、舜祐は持ってきた紙袋を差出し、さらに追い打ちをかけてきた。
「じゃあこれ、天梨に渡して。この前うちに来た時、忘れてったやつ」
やっぱりだ、と思った。
あの時からの一ヵ月、たまに天梨が帰ってこない時があった。こいつの家に行ってたんだ。やっぱり天梨にとって、あんなのはなんでもないことなんだ。
「……おい、急に黙っちゃって大丈夫かよ? 俺、なんかした?」
「渡しとくから、もう帰れば」
紙袋をひったくる。もうお前の口から天梨のことは聞きたくない。
「お前、初めて会った時からあからさまに感じ悪いよな。そんなにお姉ちゃんとられたのが嫌だった?」
もう無理だ。俺は舜祐を殴っていた。天梨にキスした時もそうだ。強すぎる感情は一瞬で膨れ上がって、抑えがきかない。
「っにすんだよ!」
「天梨は姉ちゃんなんかじゃねぇよ。俺ら、血繋がってないし」
「は? そんなこと、天梨は一言も言ってなかったけど」
「……じゃあ聞いてみろよ」
「ふぅん……」
今度は、俺のシャツの襟を掴んで勢いよくドアに押しつけられた。すごい力で、抜け出そうと思ってもびくともしない。たった2歳ちがうだけなのに。
「自分の彼女が、他の男と暮らしてるなんてなぁ。腹立つのは当たり前だろ?」
「ちょっと」
ちょうど舜祐の腕が振り上げられた時、天梨の声がした。