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夏色の宿題
【少年/少女 恋愛小説】

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夏色の宿題-2

「正解と言う確信はないけど、一応、答えは出たよ」
僕はようやく彼女の瞳を見つめて言った。
「本当?!聞かせてみて」
百合は大きく無垢な瞳を輝かせた。不覚にも僕の胸はまた、少しだけ高鳴った。平常心…平常心。
「早く言ってよ!」
その心情を知らない百合は子供のように僕をせかす。
「OK。お聞かせしましょう」
百合がその謎なぞを出題したのは三日前。今日のように二人で海を眺めていた時だった。僕はその時、決して有能とは言いがたい頭を必死で働かせたが、結局答えは浮かばす、その答えは次に二人が逢う時までの宿題となった。その日の晩、僕は徹夜で答えを導き出した。
「君の出した謎なぞは、『私の名前を呼んだ瞬間、私は消える。私は誰だ?』だったね。その映画の脚本家は、僕と違って随分と頭が冴えている。答えが分かった瞬間、まず僕はそう思った。答えを出すことはできても、その仮定(謎なぞ)を創りあげるのは、僕には無理だ。まぁいい。話しを戻そう。僕が最初に出した答えは、『声』だ。声は、言った瞬間には存在しているが、言い終わるとすぐに消えてなくなる。即ち、呼んだ瞬間にいなくなる。でも、それは違うという結論に僕は至った。『私の名を呼ぶ』という表現には、微妙な点でニュアンスが異なっているように思えたからだ。第一、そんな具体制を帯びた答えは、君の好きなロマンに欠ける。そうだろ?」 「へぇ…あなたのこと、無粋だなんて言ったのは撤回しなくちゃ」
百合はどこか感心したような顔で言った。僕はそれに気を良くし、言葉を続ける。
「次に浮かんだ答えが本命なんだ。まぁ、『声』という答えからヒントを得た訳だけど、その答えは、『幻』。幻というのは、実体のない存在だ。形なき存在を、声という形で表現すると、それは音という形で具現化される。つまり、幻という名前を呼んだ瞬間、幻は幻でなくなり、私の正体である幻は消える訳だ。違うか?」
僕は自信を持って百合を見た。彼女は呆けたように口を半開きにし、僕を見る。どうだ。驚いたか。
「驚いたわ…何でそこまで行き着いて、本当の答えが出てこないのかしら」
違った意味で驚いていた…。僕は撫然とする。
「…マジ?惜しかった?」
「いえ、それも正論ね。あなた、自分で思っている以上に冴えてるわよ」
百合は感嘆するように言った。正解こそしなかったが、悪い気はしない。
「じゃあ、正解は?」
「それはね『沈黙』よ。沈黙とはつまり、静寂ね。『沈黙』とその名を口にすれば、音が出て、静寂は破られる。それで『沈黙』は消える訳」
百合はそう言って微笑んだ。
先ほど、百合は『ねぇ、この前私が出した謎なぞは解けた?』という台詩で沈黙を破り、僕は身を持ってその答えの意味を体験していた筈なのだが、僕は今この時までそれに気が付かなかった。あるいは、その沈黙は、百合がヒントとして、僕のために創り上げたものかもしれない。考えすぎかな。
「成程…沈黙か…確かに、いいとこまで行ってたな」
「でも、『声』や『幻』も同じ意味ね。A判定は確実よ?」
「そりゃどうも」
僕等は笑い合った。そしてまた、焼けるような太陽の下、広大な海を眺めていた。水面と海底の狭間は、微塵も濁りがなく、照り付ける陽射しに青く透き通っている。穏やかな風が、不思議なほど鮮やかな軌跡を残して僕等の間を吹き抜けていった。ありきたりな例えだが、このままいつまでも、この瞬間が続けば良いと思った。沈黙を破ったのは、またしても百合の方だった。
「ねぇ、今度はあなたが私に、謎なぞを出して」
百合が好奇心いっぱいの目で、僕を見る。僕は少し考えてから言った。
「僕は今、何を考えているでしょう?」
彼女は軽く吹き出した。
「そんなの分かるわけないわ。第一、謎なぞじゃないわよ?」
「思い付かないから、適当に言ってみただけさ」
「ちなみに、その答えは?」
今すぐに、百合とキスがしたい。なんて…言えるはずがなかった…。その代わり
「何故、今日はこんなに気持が晴れやかなのだろう。ってね」
僕は言った。
「その答えを出すのは、簡単ね」
百合は意味ありげに微笑んだ。
「ほう…言ってみろよ」
僕は挑戦的に言う。
「私が、あなたの側にいるから」


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