傾城のごとくU終編-7
「…あ…あああ……」
それらはやがて静止した。
「ご臨終です…」
先生が静かにチコの最後を告げた。私は、涙と嗚咽が止まらず、父にしがみついていた。いつまでも。いつまでも。
「悲しいかもしれないが、君にはまだ最後の仕事が残ってるよ…」
先生が私に言った。
「これで、君の猫を拭いてあげるんだ。キレイな身体で旅立てるようにね…」
私は先生の方を見た。
それは、固く絞ったタオルだった。
「さあ、やってあげて」
私は言われるまま、タオルを受け取りチコを拭いてあげた。
「…うう…チコ…チコ……」
堪えようとしても、涙がポツリ、ポツリとチコの身体に落ちる。
「…このコは幸せだ。君のような飼い主に見守られて、精一杯の人生を生きたんだから…」
「…せ、センセエ、あ…ありがとう…ございます…」
私は頭を下げて周りを見た。
先生、看護師さん、そして父も目を真っ赤にしていた。
「これを入れておやり」
先生がくれたのは、小さなドライフードの袋だった。私は葬儀用の箱にチコを移し、そばにそれを置いてあげた。
私はチコを入れた箱を抱いて病院を出た。
外はなごり雪が降っていた。
自宅に帰り着くと母と姉が出迎えた。私の姿を見てすぐに察したみたいだ。
2人の瞳に涙が溢れてた。
「…千秋、チコ…見せて…」
姉の小春が言った。私は静かに箱を開けた。
姉も母もチコの身体を撫でている。
「…まだ、こんなに温かいのに…何で……何でチコが…」
玄関前で私達は泣いた。
「明日、オマエ達はチコの葬式をしてやれ。オレが今から連絡してやるから…」
父はそう言うと書斎に引きこもった。
夜。私はチコをベッドのそばに置いてあげた。いつも、そうしてたから。ベッドの毛布からは、チコの匂いがしている。
私は眠る事が出来ずに部屋を出た。廊下、階段、居間、台所、お風呂場。家の至る所でチコの姿が浮かんできた。
台所の隅には、チコの餌入れと水入れが空で置かれていた。
私はそこにドライフードと水を入れてあげた。