『傾城のごとくU』中編-9
チコがわが家に来て新しい年を迎えた。
「いってきま〜す」
私が玄関口から母に告げると、居間からトコトコとチコが見送りに来た。玄関マットの上で大きくアクビをし、前足や後足の伸びをした後に〈ンナアァァ〜〉と鳴いた。〈行ってらっしゃい〉と言ってるつもりかなぁ。
「チコ、行ってくるね!」
頭を撫でてあげる。チコは頭を下げて目を細めている。気持ちよさそうだ。自分から頭を擦り寄せてくる。ひとしきり撫でてやり、玄関を出て学校へ向かう。
空は晴れ渡り、空気は〈キン〉と澄みわたった冷気に包まれていた。首に巻いたマフラーをギュッと締め直す。
「千秋〜!」
亜紀ちゃんの声だ。
「亜紀ちゃん。おはよう!今日、朝練は?」
笑顔で近寄って来た亜紀ちゃんは、途端にバツの悪そうな顔になった。
「エヘヘッ、サボっちゃった。って言うか目が覚めたら7時だった」
「後で顧問の先生に怒られるよ〜」
心配して聞くと、亜紀ちゃんはにっこりと笑って、
「…多分。しゃーないよ!最近、先生うるさくって。〈お前のために言ってるんだ〉が口癖でさ」
「でも、亜紀ちゃんそれだけ期待されてるんじゃないの?」
亜紀ちゃんは難しい顔をしてる。
「3年生も引退してさ、先生も来年に向けて有力なコには厳しくなったんじゃないかな?」
「私が有力?そんな冗談でしょう!」
「冗談じゃないよ。秋の体育祭のリレー、すごかったじゃない!」
それは最後の種目〈クラス対抗800メートルリレー〉での事。
男子ばかり選ばれている中に亜紀ちゃんはいた。それもアンカーで。
彼女がバトンを受けた時、順位は2位で1位との差は10メートルほど。ところが亜紀ちゃんは、2位を10メートル引き離してトップでゴールした。
「だから先生や監督も〈期待してる〉んだよ」
亜紀ちゃんはしばらく考え込んでいたが、すぐに笑顔になった。
「分かった!また陸上頑張ってみるよ」
そう言うと、今度は優しい顔で私を見つめた。