『傾城のごとくU』前編-4
「よかったな。いよいよ飼えるんだから」
この時、自分の顔がみるみる変わるのが分かった。
おそらく、満面の笑みだ。
「うん!お父さん。ありがとう」
「…ところで、名前は決めたのか?」
「ううん。まだ…」
私は仔猫が家に来てからでも良いと思っていた。すると、話題に母と姉が入ってくる。
「チェとかヨンとかは?」
「却下ーーっ!」
母の韓流スター好きも困ったものだ。
「じゃあさ…小梅とか桜とか…」
「う〜ん、良いんだけど何か古臭いような…」
決まらないまま3人でワイワイ言ってると、
「……チコ…はどうだ?」
突然、父の声。私は振り返った。
「…チコ…良い響きだね。チコ…チコ…うん!それにしよう」
結局、私の一存で名前は〈チコ〉に決まった。
でも、父は何処からこの名前を持って来たのだろう。
「お父さん。この名前の由来って有るの?」
私の言葉に、〈有るさ〉と言った父。何故か嬉しそう。〈よくぞ聞いてくれました〉みたいな顔。
「それは、お父さんが好きだったラリー・ドライバーの愛称なんだ」
「らりぃどらいばあ?」
私がすっとんきょうな声を挙げると母が入って来て、
「お父さんね。学生時代は自動車部に所属してたのよ。だから、クルマのレースなんか異常に詳しいのよ」
意外な答え。いつも温和で、時々厳しい父が〈自動車部でレース好き〉とは。
人は見かけによらない。
「それ、誰の愛称なの?」
「確か…ビヨン・ワルデガルドだったかな。とても人気のあるドライバーで、皆からは愛称の〈チコ〉で呼ばれてたのさ」
「ヘェ〜」
私は感心しながら父の話を聞いていた。
日が傾き、辺りを黄昏色に染める頃。私のソワソワ感はピークに達していた。
「千秋。何してるの?」
母の声が耳に届く。私が台所に立ってガチャガチャやりだしたからだろう。
「迎えに行く前にゴハン食べとくの!」
「じゃあ、私が作ってあげるわよ」
「いいの!自分でやるから」
注いだご飯に、オカカと味付け海苔を乗せる〈のり弁風〉。これに残った味噌汁でお腹を満たす。
ご飯をかきこみ、味噌汁を飲んで流し込んだ。
わずかな時間で食べ終えると、使った食器を流しに置いて、
「お母さん。夕食のオカズ残しといてね。寝る前に食べるから」
私は大急ぎで台所から、お風呂場に向かった。