『傾城のごとくU』前編-15
チコが家に来て、ちょうど1ヶ月。わずかに歯が生えてきて、いよいよミルクを卒業する日が来た。
ドライフードを細かく砕き、それに熱いミルクを加えて柔らかくする。これから1ヶ月くらい、歯の生え具合を見ながら、徐々にドライフードの割合を増やしていく。
「チコ!今日から新しいゴハンだよ」
チコを抱いて、台所の隅に置いた餌入れの前に降ろす。
(さあ、食べてね…)
チコは離乳食をフンフンと匂いを嗅いでいたが、やがて口を着けて食べ初めた。
「…よ、良かった〜。食べてくれたぁ」
ふと変な視線を感じ、振り返ると母と姉は携帯をこちらに向けていた。動画を撮っているのだ!
(なんちゅう家族だ!)
チコは小さな口をさかんに動かしている。いつの間にか身体を支えてやる必要も無く、自分の足で立っている。確実に成長している。
やがて、口元の動きが止まった。満足したようだ。
チコはしばらくゴハンを嗅いでいたが、突然、居間に向かって歩き出した。
「お母さん!」
母と姉はまだ携帯を向けている。
チコはおぼつかない足取りで、ヨタヨタと居間を目指して行く。
私はじっと見守った。
居間の入口で、チコが首を下げて身体を丸める。
(トイレだ!)
私は慌ててチコを抱いてトイレにそっと置いた。
チコは私を見ると〈ミャーン〉と鳴いた。〈何すんだよ〉と言ってるようだ。
砂を匂ってから円を描く。
私達はそれを遠まきに見つめる。やがて、チコの動きが止まり、オシッコをしだした。
時間にして30秒ほど。
チコはオシッコが終わると起き上がり、前足で砂を掻き出した。
でも、砂はオシッコした場所とは見当違いの場所に落ちている。
私は感動した。
歩くのもままならなかったのが、歩き、排泄をして砂を掛ける仕草をやっている。
(生き物って素晴らしい!このコは親に教わらなくても、生きるために必要な事が出来た!)
チコはヨタヨタとトイレから這い出ると、寝所に向かい、中に入ると丸くなった。
「…お、お母さん…今の…撮った?」
私は胸いっぱいの気持ちを抑えきれない。涙が溢れる。
2人は、にっこり笑っている。でも、目は赤くなっていた。