『傾城のごとくU』前編-13
「そっちに掛けて待っててね」
私はキャリーバッグを持って、待合室のイスに座った。
私の他には、3人がそれぞれキャリーバッグを持って待っていた。
私はヒザにキャリーバッグを乗せた。チコの顔が見えるように。
チコは久しぶりに嗅いだ匂いに落ち着いたのか、怯えず大人しくしている。
「かわいらしい猫ちゃんね。お名前は?」
となりに座るお婆さんに声を掛けられた。銀色の髪をキレイにまとめて、きちんとした身なり。
なんだか、良家の人に見えた。
「チコです」
お婆さんは覗き窓からチコを見つめると、
「キレイなトビ色ね」
「トビ色?」
「キレイな黒の事よ。このコは特に毛がツヤツヤで、目鼻立ちも良いし。きっと美人になるわよ」
〈オスなんです〉とは言い出せなくなった。
「ありがとうございます。おばあちゃんは何を飼ってるの?犬、猫」
私はお婆さんのキャリーバッグを覗いた。中には三毛猫。それも白を基調にした黒と茶色の三毛猫が私を見ていた。
「うわぁ!珍しい三毛猫」
お婆さんは嬉しそうに、
「このコ、オスなのよ…」
私はさらに驚いた。三毛猫のオスとなると、もの凄く希少なのだ。
「もう10才になるから〈おじいちゃん〉なの。少し食欲も落ちてるんで診てもらいに来たの」
確かにヒゲも下がって元気が無いようだ。
「欧米じゃ黒猫って悪い印象があるけど、日本じゃ逆なの。〈幸運を呼ぶ猫〉って昔は言われてたのよ」
「ヘェ、知らなかった。でも、そうかも。このコが来てから毎日が楽しくって…」
その時、看護師の〈武内さん〉が処置室から現れた。
「泉さ〜ん」
武内さんの声にお婆さんは〈はい〉と答えて、処置室に向かった。
私はチコを見た。チコは中で眠っていた。
(こりゃ、このコは大物になるわ…)
15分ほどして、お婆さんが処置室から出てきた。そして、私のとなりに座る。
「おばあちゃん。どうだった?」
お婆さんは私を見て小さく笑って、
「じん臓が弱ってるから気をつけなさいって。このコ、アジの開きが好きなんだけど、塩気はダメだって…」
お婆さんはため息を吐いた。
「朝丘さ〜ん」
「あっ、ハイッ!」
私はチコを連れて処置室に行こうとして、お婆さんに訊いた。