十の夜と夢の路-11
『はじめまして、転校生の朝霧空音です。よろしくお願いします』
わたしの記憶が消える前の名前は、朝霧空音だ。かわいい名前と言ってもらえて嬉しかった。
転校の理由は母の病死。父が、環境を変えようと提案してくれて、この学校に来た。
『へぇ、キミ、空音ちゃんっていう名前なんだ』
『そうよ。空音でいいわ、十夜くん』
『ぼくも十夜でいいよ』
先に話しかけてきたのは十夜くんだった。あのころは気さくに話していた。今のクールさは微塵も感じられない。
『十夜、この学校、来年に廃校になるんだって』
『そんな!もう会えないのかな……?』
『そんなことないわ』
廃校の報せは、転校してから1か月後、急なものだった。それで離ればなれになることが解っていたから、あえて楽しく振る舞うと決めた。この1年を良いものにするために。
『今日はあたしの誕生日なの!』
『コレ、あげるよ!』
わたしのペンダントは、十夜くんがくれたものだ。安物だと言っていたけど、違う。気持ちは伝わったんだ。だってその夜、嬉しくて泣いたんだから。
『大きくなったら、結婚しようね!』
河原の大きな木の下での幼い婚約。出逢って間もない二人は、互いに想いあっていた。
『十夜ぁっ!川で子犬が溺れてるの!』
『大変だ!助けなきゃ!』
6月になったばかりのある日、わたしはそれを見付けた。そして、十夜くんに頼んだ…………非力だったから。
けれど十夜くんは、濁流に呑まれてしまった。
『パパ!十夜を助けて!』
『十夜くん!待ってなさい!』
誰のせい?…………ふざけるな、わたしのせいだ。わたしが十夜くんを……そして、
『いやあぁぁあぁぁっ!!パパ!十夜あぁっ!!』
十夜くんとパパは流された。けれどわたしには泣き叫ぶしかできなかった。
そして、十夜くんだけが助かった。
『ごめん、十夜……』
『まったくだ!もう少しで死ぬところだったんだぞ!』
『と……十夜…………?』
『もう顔も見たくない!帰れ!』
ああ、怒っているんだ。わたしのせいで、十夜くんは怒っている。わたしは愚かだ。愚かなわたしは、パパと愛する人を失って当然の人間なんだ。でも、
『ねえ十夜!廃校前にせめて一言だけでも言わせて!』
せめて、謝りたかった。けれど、6月の半ば、十夜くんは姿を消した。遠くへ引っ越し、転校してしまった。
「うぅっ…………うぁぁ…………」
激しい頭痛と嘔吐感に襲われる。堪えきれず、わたしは胃の内容物を吐瀉した。この数日間なにも食べていなかったためか、形らしい形がなく、ほとんどが胃液だった。
「はぁぁ…………はぁっ…………」
その場にへたれこむ。めまぐるしく巡る3年分の、1095日分の記憶を、わたしはこの数分ですべて思い出したのだ。
そう、『朝霧空音』という名も。