ジャム・ジャム・ジャム-19
「一カ月前にな、ギャラクティカの空中道路で酷いクラッシュ起こしちまったんだよ。最近までこの住宅区の病院に入院してて」
「その時に初めてこのチュールの歌を聞いてな。ハマっちまったわけだ」
ベッドに腰掛け、エイジが続けた。
「やっと怪我が治ったと思ったら、銀河の歌姫は失踪しててさ」
残念げに言ってため息をつくエイジに、ジャムが微かに笑みを浮かべた。
彼女はポスターを見やり、エイジに訊く。
「このポスター、どうしたの?」
「ん? ああ、かっぱらってきた。ステーションに何枚も貼ってあったから、一枚くらいパクっても分からねえだろうってな」
そんな彼の言葉に、思わずジャムが吹き出した。
エイジも、アイドルのことを熱く語ってしまったことが妙に決まり悪く感じ、頭を掻く。
「い、言っとくけどな、アイドルフリークじゃねえからな!」
「ムキになって否定するところが怪しいなー」
意地悪くジャムが言うと、エイジも思わず大きな声を上げた。
「なってねえって!」
「何の騒ぎ? まァた喧嘩してンの?」
呆れたような声。
エイジの部屋に足を踏み入れ、ダナが溜息をついた。
「どこ行ってたんだ?」
「ちょっとね。それより、結局部屋公開したンじゃない」
彼の部屋にジャムの姿を見つけ、ダナがそう言って笑った。
エイジはダナの含みある言い方に引っ掛かった様子で、少しばかり顔を顰めた。
「こいつが見てみたいってうるさいから」
「あーッ、あたしのせいにする気?」
「お前が言い出したことじゃねえか」
「分かった、分かったわよ。ちょっと黙って、二人共」
ダナはその場を諌めると、神妙な表情を浮かべた。
そしてジャムに鋭い視線を向ける。
「ジャム」
ダナが言った。
「あなた、おうちに帰りなさい」
「……ダナ」
「おい、いきなりどうしたってんだよ」
ジャムが何か言うより早く、エイジが口を挟む。
「エイジ」
今度はダナがエイジに視線を移す。
その鋭い瞳に、思わずエイジが口を噤んだ。
「彼女はね、彼女の本当の名前は」
「ダナ!」
ジャムが声を上げる。
「チュール・コンフィ・ド・マーマレイド――銀河の歌姫、その人なのよ」
その言葉に、エイジが吹き出した。
「馬鹿言え、ダナ。こいつがそんな、あの歌姫なわけねえだろ?」
エイジが笑いながら言い――そして、俯くジャムとダナの真剣な顔を見て、その額に冷汗を流した。
「失踪したからって言って、こんなところにいるわけ……」
そうだ、いるわけがない。
エイジは自分に言い聞かせるように頷き、考えを巡らせた。
(第一、チュール・コンフィ・ド・マーマレイドは紺色の髪の筈じゃねえか)
ジャムの髪はシアンである。
しかし、髪色などどうとでもなる。実際ギャラクティカにいるヒューマンの多くは自身の好きな色に染髪をしている。
(か、彼女はこんなはねっかえり娘じゃねえ筈)
そう思っても、彼が歌姫の性格を知るよしもなく。
それはエイジの思い込みに過ぎなかった。
(そもそも、こいつに歌なんか歌え……)
そこまで考え――エイジは激しく頭を左右に振った。
歌えるじゃないか、それもとびっきりの歌を。
エイジがどこかで聴いたと思った、さっきの歌声。
改めて考えれば、それはまさしく彼がファンであるチュール・コンフィ・ド・マーマレイドの歌声だったのだ。