光の風 〈風神篇〉前編-1
今日も空は晴れていい天気だった。
鳥達の泣き声は優しく響き、雲は緩やかに天を泳いでいる。人々も気候がいいからか自然と笑顔になっていた。
こんな日は外に出て体中に染み込むくらい深い呼吸をしたいものだ。以前はそうしていたのに。
リュナの部屋の窓、カーテンは締め切られ、ほとんど光を通さなかった。
彼女は眠る時間が増え、体を起こすことがほとんどない状態になっていた。
「失礼します。」
いつもの様に、セーラに扮したレプリカがリュナの身の回りの世話をする為に部屋を訪れた。しかし返事はなく、目を閉じたままのリュナがベッドに横たわっている。
以前は扉を開けただけで体を起こしていた人が、今では傍に寄っても眠りから覚めない。そう思うとレプリカの表情は曇っていった。
枕元にある本を片付け、サイドテーブルに新しい水を置く。
「レプリカ?」
囁くような小さな声がレプリカの耳に入ってきた。それは待ち焦がれた主人の声。
「はい。お加減はいかがですか?」
優しい声と笑顔にリュナは微笑んでみせた。小さな声で大丈夫と答えた後、彼女は目を閉じ再び眠りの中へ身を投じる。
レプリカはその様子をただ見守るしかなかった。小さな寝息が静かな部屋に響く。レプリカはリュナの手を握り、彼女の傍に頭を寄せた。
かすかに感じる体温、リュナは眠りから覚めようとはしなかった。すり寄せるようにレプリカはリュナとの距離を縮めた。
「環明様。」
そう聞こえたのは間違いではなかった。呟いた後、レプリカは我に返り辺りを見回した。
その表情に苦みが浮かぶ。しまった、迂闊だったと心の中で呟き、何もなかったように再びリュナの世話をやき始めた。探りを入れた感じでは人の気配はしない、でも誰が聞いているとも限らない。
レプリカの不安通り、そこには気配を消した瑛琳が身を潜めていた。以前からはっきりと明かされていなかったこの二人には何かある、瑛琳にそう確信させた瞬間だった。
環明、その名前に覚えがある。かつて太古の国で風の力を持つ神官として名を馳せた人物だ。風神リュナの源になる人物、繋がりが無いわけではない。
重い目蓋を閉じて眠りを求めるリュナにはまだ、いくつものベールに覆い隠されているのかもしれない。瑛琳は静かに二人を見守り続けた。