飃の啼く…第22章-7
「おかーさん、夕日がきれいだねぇ!」
「そうだね…」
すぐ後ろを、自転車に乗った親子が走って去っていった。
―羨ましい。
――情け無い。
お母さん、貴方は…迷ったり、後悔しなかった?自分の子供を、戦渦の最中に送り出すことを。それとも、そんなことは、考えもしなかったのかもしれない。
いま、貴方と話すことが出来たら…。
「…寂しい。」
抱えたひざに落ちたしずくは、不思議な温かさを保ったままジーンズに吸い込まれた。
―弱っちいなぁ…私…。
「ちぇ…っ」
こんなに
「こんなに弱虫だったかなぁ…!」
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飃は、さくらが去った後を少し時間を置いてから追うことにした。彼女に考える時間を与えてやりたくて…そして、自分にも。
「なあ、ツムジって言ったっけ、あんた。」
後ろから聞こえた声に、振り向かずにうなずく。彼の敵意のこもった声には、明らかな理由がある…それをわかっていた。
「おれ、あんたのことを憎むよ。」
それは、宣戦布告とは違った。彼自身、さくらが飃のものであることを悟っているからだろう。飃はなおも、彼の顔を見ずにゆっくりと歩いた。それを追い越すでもなく、後ろからついてくる慶介に、飃は言った。
「構わない。好きなようにしてくれ。」
「おれはな、さくらの代わりにあんたを憎むんだ…あんたと、あいつの両親をさ。でもあいつの親は死んじまったし。あいつの人生は、もっと幸せでよかったはずなのに、それをあんたが来て、滅茶苦茶にしたんだぜ…自覚してるだろうけど。」
足を止めたかった。でも、彼らは歩き続けた。不自然なほどゆっくりとした足取りで。
「あいつは、あんたのことが好きだから、あんたを憎めない。平和な毎日を望むことだってできない。だから、代わりにおれがあんたを憎む。」
飃は、両手をコートの中に突っ込んだまま、静かな声で返した。
「ああ…頼む。」
慶介にも、さくらにも、その権利がある。飃はそれを、甘んじて受け入れるつもりだった。
「そうしてくれ。」
「だからお前は、何にも考えねえであいつを大事にしろよ。あいつに執着してやってくれ…あいつが、自分が死ぬことになるかもしれないとか、考えないようにさ…。」
足が止まった。