飃の啼く…第22章-4
「帰ってお昼ごはんたべようか。」
「はぁい!」
…不意に、この実体のない会話が空しいものに思えた。
答えが欲しい。何でもいい。何か返ってくる答えが。
「今更、ホームシックにかかってどーすんのよ、私。」
ため息と、諦めたような笑みが交ざった。
こういう気分を、やるせないって言うんだろうなぁ…ふと、天を仰いだ顔に、強い日差しが当たった。空には、控えめな雲が小さく浮かんでいるだけ。この天気ではどのお墓の献花だってすぐに駄目にしてしまうだろう。
「ふぅ…」
再びのため息は、さっきのよりもすこし、重い。
「なーんかさ」
わがままを言うつもりで、口を尖らせた。
「寂しいよ…。」
「ただいまーっ!」
立て付けが悪かったはずの玄関の戸は、いつの間にか滑らかに動くようになっていた。実家を訪れるのはほぼ一年ぶりだから、そんなことくらい当たり前だけど、少し驚いた。お昼を過ぎたこの時間は、稽古もまだ始まっていないからおじいちゃんは家に居るはずだけど、家の奥から聞こえてきたどかどかという足音はおじいちゃんのそれとは違った。
「あ?さくらじゃん。帰ってきたのかよ。」
「慶介?」
幼馴染の氷川慶介が、道着姿で玄関に出てきた。
「退学食らって戻ってきたのかあ?」
一年のタイムラグを埋める気軽さで、彼お得意の憎まれ口を叩く。本当は、私がお墓参りに来るために戻ってきたことは知っている彼だけど、そうやって茶化すのは彼なりの思いやりなのだ。
「慶介こそ、槍術が上達しないからってお爺ちゃんに呼び出されてたんでしょ?」
ちげーよ!と返す彼の目が、私の後ろを見て不意に曇った。私はあわてて、後ろの飃を紹介する。そういえば、茜以外の親しい友達に飃を紹介するのは初めてだ。どぎまぎして、慶介の顔と飃の顔を言ったりきたりする私を無視して、慶介が言った。
「あんた、誰。」
昔から無礼な奴だったけど、この言い草は、自分の縄張りを侵したよそ者に対する口調以外の何物でもないように思えた。
「己は…。」
自分の夫だと、それを言う前に、お爺ちゃんが奥から顔を出した。
「ようやく帰ってきたか。」
そして、玄関に立ち尽くす三人をじっと見て、即座に状況を判断したらしく、こういった。
「慶介、その人はさくらの許婚(いいなずけ)じゃよ。」
「はぁ?許婚…!?」
本当は許婚というほど穏やかなものではなかったけれど、おじいちゃんの言葉は適格だった。明らかにショックを受けている慶介の頭におじいちゃんはガツンと拳を落とし、客を玄関に立ちっぱなしにさせた無礼を叱ってから私達を上に上げてくれた。