飃の啼く…第22章-15
「たーのしかったぁ。」
笑いすぎて頬の筋肉が攣りそうなのを撫でながら、今はしんみりとした雰囲気を味わっていた。飃は酔っ払った門下生一同にからまれて、今は道場でおふざけ稽古の相手をさせられている。勝負になるかどうかは、千鳥足のおじさんたちを見るに明らかだと思うけど。
「…さくらよ、じいちゃんはお前にわたすものがある。」
「渡す物?なになに?」
作務衣のポケットから取り出したのは、古びた封筒だった。
「お前の母さんからの手紙じゃよ。」
はっとした私を穏やかに見るおじいちゃんの表情は、何もかも知ってると言うことを物語っていた。私が悩んでいたことも…全て。写真を受け取ろうとのばした手を、節くれだった丈夫そうな手が包み込んだ。
「こんなに怪我をして…痛かったろうに。」
強いおじいちゃんの、声が震えている。私は首を振って、「ううん」と言った。私の声まで震えていて、それ以上はいえなかった。
「全てにかたがついたら…いや、いつだっていい。いつでも待っとるから、好きな時においで。」
私はうなずいた。声もなく。かわりに、笑顔でこみ上げそうになるものを追い払ってやった。
「ありがとね、おじいちゃん…ありがと…!」
「さくら」
光に誘われるように、真っ白なカーテンが踊る。ベッドの端に腰掛けた私を、飃は声で抱きしめた。私は振り返らずに、精一杯の平気を装って
「ん?」
と言った。両手に持った真っ白な便箋には、母らしい優しい字が並んでいた。
飃が、私の顔を見ないように後ろから抱いた。私の顔が堪えようとして失敗した涙の跡でぐしゃぐしゃになっているのを知っているのだ。
「泣けばいい、さくら、思い切り…それは、泣くことを我慢できるくらいちっぽけな手紙ではないのだろう…な?」
「私…泣きすぎじゃない?凄く弱虫な気がする。」
飃がふっと笑って、少しだけ強く、腕に力をこめた。
「母親の手紙に涙を流すのは弱さとは違う。己はそういうお前だから好きなんだ。」
「…んっ…」
鼻が詰まって、“う”がいえなかった。
手紙を抱きしめる私を、飃が抱きしめた。
大きくて…暖かい手が、私の頭をずうっと撫でてくれていた。今はない、母のぬくもりを伝えようとしてくれているかのように。
―でも、飃…貴方は私の母親にはなれないよ。そして、それでいい。それでいいの。