辛殻破片『我が甘辛の讃歌』-3
美味しすぎてなんだかよくわからないが、甘くて辛い、
甘口や辛口と並ぶ新ジャンル、『甘辛カレー』と呼べるモノ。
甘さの元は恐らく福神漬けだろう。 普通の福神漬けとは違い、ハチミツを水で割ったような、そんな甘味がこの福神漬けにはたっぷりと含まれている。
ニンジンも原因の一つかもしれない。 セージやブルーサフランといった調味料の香り漂い、丁度良い具合に辛さの積もるルーを被りつつも、このニンジンは柔らかく、『甘い』。
ルーに包まれたニンジンを舌が捕らえる、すると微量の刺激的な辛味を味わうことができ、且つ咀嚼する度に内側の甘美が弾け、辛さの上に甘さが重なる。 一般では絶無、最高レベルの味を引き出す絶妙なるハァモニィ。
そして一番の注目所、それは『肉』。
表面その他諸々を見たところによると、焼き加減はウェルダンっぽいのだが、これもまた柔の質を持ち、歯が弱いご老方でも口にすることが出来るという、実に優しい肉である。
まるで最上級のサーロインを使っているような、と疑念が渦巻いてしまう。 だが、実際はサーロインではない。 その正体はスーパーで買った肉、即ち、至極普通の『牛肉』を使っているだけなのだ!
そう、食材の質が小であろうと中であろうと、料理人の腕により、結果とされる料理は大にも特大にも生まれ変わる。
つまり!
聖奈さんのことを『師匠』と呼びたい僕がいる。 ただそれだけである。
四人で食卓を囲む中、未だカレーに手を付けていない聖奈さんが口を開いた。
「出来る限り早めに終わらせようと焦っちゃって、少しばかり失敗してしまったのですが…。 どうでしょうか…お口に合いますか?」
この出来で" 失敗した "と仰るのなら、完璧に出来た場合はどうなるのだろうか。 激しく気になったが、あえて質問は投げ掛けないことにした。
「すごく口に合います。 全然失敗した風には見えませんよ」
「そう言って頂けて嬉しいです。 わたくしとしては、おかずも作れる時間がなくて、喜んで頂けるかどうか不安だったものですから」
目を細めて微笑み、初めてカレーを口に運ぶ聖奈さん。
その横で、当の食物をばくばくと口に掻き込んでは、水をがぶがぶと暴飲する透。
姿としては美味しそうに食べているけど、なんというか、下品極まりない。
僕が注意しようと口を開いたが、それより早く聖奈さんが声を出した。
「毎度の事ながら…透くん、食事のマナーくらいは」
「いやいや、こんなに美味いのに、こうせずにはいられますか。 聖奈さんの旦那さんは幸せ者だな、俺が変わりたいくらいだ」
そして無駄に爽やかな笑顔を見せる透。 が、何故か僕に向かって。 あえて無視してカレーを食す。
しかし人をからかうスキルは凪同様、天下一品の持ち主である。
実際にからかわれているターゲットの聖奈さんはというと、
「変わり……」
透の遠回しな言葉に頬を紅潮させている訳でもなく、半笑いに虚ろな目をしていた。
否、僕には暗く見えるだけで本当は呆れてるのかもしれない。 無論、透の言葉に。
「…あらら、反応ナシですか? 聖奈さん? 生きてます?」
どちらにせよ、僕が起こした始末じゃないってことは漠然としている。
つまり、『自分の尻は自分で拭え』ということだ。
場の違和感を感じ、然ういえばと思い出す。 すぐ真横の沈黙を謳うものに話しかけようとしたが、その姿を見て言い淀んでしまった。