水宮祭[１]

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水宮祭[１]-1

〜ゆらりゆらりと漂う水面〜
〜水の底から星を見上げる〜
〜赤い煙りをくゆらせて〜
〜ゆらりゆらりと揺れてゆく〜


黒い集団の波の中、やっと目当ての顔を見つけた。８月の盛夏に相応しい海の男に礼服はミスマッチの見本に出来るだろう。
「よぉ、道弘」
「善矢、来てくれたのか」
「当たり前だろ、茂木先生にはお世話になった。にしてもすごい人だな。」
町に一つだけの寺から、人が次々と出て来ていた。三回忌の法要なのに人が途切れる事がない。
「ああ、地元に残った教え子はけっこう集まってるなぁ。」
「人徳だな。」
茂木先生は、俺達の中学校の英語教師として勤めていた。そして道弘の母親でも有る。彼女の教師としての優秀さ、人望の程は死後もこうして見える形で現れる。
「同窓会の口実みたいなもんだ。これから集まって呑むんだろーな。」
俺も行きたい、と不謹慎にこぼす四男を宥める。こいつの所は四人兄弟で、喪主は歳の離れた長男がしっかりやっている。出来の悪い末っ子としては、これから親族のご老人に囲まれての食事は針のむしろなのかも知れない。
「ま、俺はお焼香したし帰るよ。それに確か俺らの代の同窓会は祭りの前だったよな。」
「１１日に魚金に６時集合だ。便りきちんと届いたか？」
「そっか。お前、幹事か。ミヤブに出席の葉書出したよ。そういえばあいつも地元組かあ…、今何してんだ？」
この質問に、まるで早押しクイズのように素早く応える。
「ミヤブか？ミヤブは駅前の本屋で店員やってる。水色のエプロン着て…」
道弘の目がどこか遠くを見つめるように細まった。相変わらずだ。
「ふぅ〜ん。そっかそっか〜。水色のエプロンねえ」
背は俺と同じくらいなのに、ボクシングでいえば階級が二つは違いそうな肩に肘を置いて寄っかかった。
「なっ何だよ！ニヤニヤして気持ち悪ぃぞ」
暑さとは違う汗をかき出す道弘。
「ミッチ〜、どうせ通い詰めてんじゃあねえのか？」
そう言った途端、跳ね退けられバランスを崩し転びそうになった。
「そそそそんなことするわけねえだろっ！あと変な呼び方で呼ぶなっ！ももう帰れっ！！」
こりゃ図星だな。
汗を拭いながら大股で去っていく、がっしりとした親友の背中を見てそう確信した。
ミヤブの名前を出しただけで、顔を真っ赤に…いや、真っ黒に焼けたあいつが赤くなってもよく分からないんだが、とにかく茹でダコの様になってうろたえて、成人した男とは思えないウブさだ。
あいつも、この町も、昔とちっとも変わらない。


黒づくめの体に太陽光が容赦なく集中する。革靴が重くてしょうがない。
家に近づくにつれ、だんだん磯の匂いが強くなる。
『民宿 大山』太平洋に面した小さな港、ここ文正町で新鮮な魚料理と、海の近さを売りにしている。
「善矢ー！帰ったなら早く着替えて手伝いなさい。ほら、裏口の野菜の段ボール、厨房に運んで！」
夏休みなど客の多くなる時期は手伝いの人を雇うが、普段は両親と姉夫婦で切り盛りしている小さな民宿だ。
だから家に帰るとこき使われる。しかも主に肉体労働。俺にとって帰省には田舎でゆっくり…なんて風情は無い。