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水宮祭[1]
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水宮祭[1]-2

「それにしても、帰るなりかよ…」
トマトやナス、キュウリなど夏野菜のどっさり入った段ボールはそれなりに重い。
「‥よいしょっと!」
箱を厨房のテーブルに上げた時には、息が切れていた。
「なんだい、よっちゃん。前からモヤシだったが、大学に行ってもっと弱っちくなったんじゃあないか?」
がははと盛大に笑うこの人の腕には板前には無駄な程筋肉が付いている。
この人と比べられたら誰だって細く見えるだろう。
「義兄さんはいい体し過ぎなんだって。俺、標準だよ。」
厨房の奥から別の太い声が飛ぶ。
「善矢、お前ももっと見習え。なんだ、そんな生っちろい顔に変な頭して。」
ちなみに髪は普通に染めてるだけだ。親父は丸刈りにしちまえと言わんばかりの目線を投げている。狭い厨房で筋肉隆々の父親と義兄に挟まれては太刀打ち出来ない。早々に退散した。
それからも細々とした雑用をやらされ、向かいにある家で風呂から上がって落ち着く頃には、夜の11時になろうとしていた。

使っていた時のままの自分の部屋。
家に置いていた高校のジャージと着古したTシャツ姿で、生乾きの髪をタオルで拭きつつ部屋を見渡す。
高校の頃好きだったバンドの色褪せたポスターが未だに貼ってある。元々クーラーもないし、テレビもない。大量にあった漫画やCDは引っ越す時に売ったから、暇つぶしになる物は何もない。
夏はよくそうしていた様に窓の桟に腰掛けた。ここが一番涼しい。
目をつむって海鳴りを聞く。海から徒歩10分のこの家で生まれ育って、一人暮らしの最初の夜は全く寝つけなかった。異様に静かすぎるのだ。
潮風が部屋に吹き込んで俺を迎える。首にかけたタオルが揺れる。前髪を散らすその磯の香に、帰ってきたなあ…、と改めて感じた。
地元にいる奴らは昼間はまだ仕事だし、明日は泳ぎにでも行こうか。ミヤブを冷やかしがてら本屋へ行くのもいい。
目を開くと、視界の隅を一瞬何か白いものが横切った気がした。通りを見ると、髪の長い女が一人、ゆっくりと歩いて行く所だった。

風で白いスカートが妖しく揺れる。

・・・何だ?こんな時間に一人で。
町の治安は良いが、観光客の増えるこの時期は酔っ払いがうろついたりもする。若い女が夜に一人で出歩くのは危ない。
‥‥観光客か?
地元人はこんな時間に出歩こうとは思わない。漁に携わる者が多いこともあり、田舎なこの町では9時を過ぎるとほとんどの店は閉まる。コンビニは駅の近くに一つ有るだけだ。
第一、この道の先には、海しかない。こんな時間に何をしに行くっていうのだろう。

夜の海+女+一人旅=

まさか‥‥、
嫌な想像で胸がざわつく。少しの逡巡の後、ビーサンをつっかけて外に出た。

闇の中、白い布地がうすぼんやりと光る。

間隔の広く空いた電灯に隠れるように後に続く。端から見たら俺ってかなりヤバいやつじゃん……、自己嫌悪に駆られながらも頃合いを見計らって浜辺に下りた。
女はサンダルを脱ぎ、波に向かって躊躇無く真っ直ぐに歩いて行く。

おい!マジかよ!
嫌な予感が的中してしまった。背筋が凍る。
「やめ‥‥」
待て!早まるな!!入水自殺なんて、そんなこと…と続くはずだった言葉は絶え間なく打ち寄せる波の音とそれに混じる嗚咽に浚われて、舌の上で溶けてしまった。

波打ち際から二、三歩進んだ所で女は細い肩を震わせ、手を胸の前で合わせ何かを一心に祈っていた。
頬から顎へ伝う涙も、砕ける波を浴びるスカートも一切気にせずに。
彼女の世界にはその祈っている何かしか存在していないようだった。
そう、数メートルの所まで近寄った赤の他人はおろか自分自身までも。
その姿は、俺の心を何故だかひどく揺さぶった。
飛沫で濡れた髪が張り付いた白い横顔は、俺が今まで見てきた何よりも"神聖"という単語が似合った。


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