全てを超越『6』-1
まったくもって、人の気持ちってのはわからないもんだ。
隠されるとさらに、そして隠されてる側が鈍いとなおさらにわかりにくいもんだ。
一人、車を転がしている俺はそんなことを考えながら、あいつの言葉を思い出していた。
事の発端は至極簡単。前作を見てもらえればわかるように、春子の買い物に付き合った事だ。
その日、俺は珍しく早起きをして準備をしていた。
もう朝飯も食ったし、あと春子が迎えにくるのを待つだけだ。
居間でテレビを見ながら茶を啜ってると、バンッと玄関のドアが開き、バタバタッと廊下に足音が響く。
「おっはよーっ」
「朝っぱらハイテンションで結構だが、もうちょっと静かにできんのか?」
しかし春子はどこ吹く風だ。勝手知りすぎたる幼なじみの家。冷蔵庫を開けて牛乳を飲み始める。
もうちょっと慎み深さはないもんかね、と思うが20年近い付き合いではもはやそんな考えは無駄であることがわかりきってる。
「そんなによく飲めるな」
「一兄は牛乳嫌いだもんねぇ」
ガキの頃はよく飲んだがな、と返して立ち上がる。ここでダラダラするのも時間がもったいないったらない。
「行くぞ」
「はい、じゃあこれ」
と、春子が投げてよこしたのは車のキー。春子の家のだ。
「お前、いいのか?」
親父さんは仕事に車を使わない分、車を本当に大事にしてる。
「いいっていいって。擦ったら一兄のせいだしね」
「こら、そんなリスク負うぐらいならうちの車出す」
「つまんないの」
知るか。お前の楽しみの為に苦労を背負う俺の身にもなれ。
キーを放り返して鍵置き場にあるキーを取る。
「行くぞ」
「ラジャーッ」
繁華街にあるショッピングモールの立体駐車場に車を入れる。相変わらずの混みようだ。空いてる場所を探してぐるぐる。
「あっ一兄、あそこ空いてる!」
やっと見つけた所にバック。
「相変わらず、スルッと駐車するね」
「慣れだ、慣れ」
親父がいないせいで、休日の買い物はいつも俺が車を出してる。おふくろは免許持ってないし。
「しかし、この分じゃ中もすっげー混んでんじゃないか?」
「サマーバーゲンの初日だからね。早くしないと良いのがなくなっちゃうっ」
そう言って、春子は長い足相応の歩幅で早歩き。俺は後ろからゆっくりついて行く。ついでに俺も服、見とこーかねぇ。
運が良いことに、駐車した階は店舗入り口と繋がっている階だった。
自動ドアが開いて中に入った瞬間、俺は帰りたくなった。辺り一面、人人人。人の山。顔だらけ。
よくもまぁ、こうも集まったと感心半分げんなり半分。
が、春子は気にせずに人の波をかき分けてく。おーい、待ってくれ〜。
人の波の先で、春子が服を選んでいた。
「あ、一兄。どっちが良いと思う?」
2つのキャミソールを俺に出してくる。しかし、俺に聞くなよ。女物なんざ、全くわからねーよ。
が、春子はそんな事も気にせず答えを待ってやがる。目が言え、って言ってる。
片方は白。清楚な感じがまぁ、しないでもない。もう片方はカラフルだ。元気が良さそう……に見える。
「こっちじゃねぇの」
カラフルな方を指差した。
「そう?」
「あぁ。お前はどっちかっつーと柄物の方が良いんじゃねぇか?白はなんか似合わん」
活発な春子はカラフルな方が、まぁ似合ってる。白の方は……そう、鈴に似合うかもしれん。
が、ここでそんな事は口にしない。俺だって、言って良いこと悪いことぐらいは考える。
「じゃ、こっちにしよ」
えらく簡単に納得して、レジへと向かったな。
ま、ゴネるよりはずっとましか。