Connection-2
「ただいま〜」
ドアを開けると、懐かしい我が家の匂いがした。
「えっ?亜耶香?どうしたのあんた急に。」
「んん?別に、お母さんの顔見に来ただけー。」
「ふーん、そう。喉乾いたでしょう。お茶入れるから座りなさい。」
お茶を飲みながらたわいない話をする。元気でやってるかとか、仕事はどうだとか、紗耶香とは最近会ったかとか。
そして、母は二杯めのお茶を注ぎながらさらっと聞いた。
「どう、秀司さんとは順調にいってる?向こうのご両親にご挨拶にはもう行ったんでしょう」
「ん?えっと…」
私が言葉を探す内に母は盛大な溜め息をついて言葉を続ける。
「大方秀司さんと喧嘩でもして飛び出して来たんでしょ。またあんたがかっとなって。」
‥‥‥何で母にはこうも見透かされてしまうんだろう。
「あんたは昔から近所の男の子泣かすような利かん気で、後先考えずに動くんだから。」
「あれは紗耶香の悪口言ったから‥それにっ!今回は秀司がひどくって、私との事何も言ってなかったらしいし、それに‥‥」
一見穏やかで上品な女性から言われた屈辱的な言葉を思い出す。
『一緒に住んでいるのも先日聞いたばかりなのに、いきなり結婚と言われても…、あなたはまだお若いのだから、結婚は急ぐ必要は無いでしょう…。11歳も離れたうちの秀司とじゃあなくてもお相手は周りに沢山いらっしゃるでしょうし…。秀司はもう34だし相応しい人をそろそろ見つけてあげなくてはと私も考えていたけれど…。お宅のお父様のご職業は…?まぁ失礼。お母様お一人でお育てになったの、まぁあ、そうなの…』
母がシングルマザーと聞いた時の、人を完全に見下したあの目線が忘れられない。
「秀司さんは大人なんだから、何か訳有ってでしょうよ。どうせ話もろくに聞かないで来たんでしょ。」
「だって何も何も庇ってくれなくって。秀司のお母さんも全然…分かってない人だったし、底意地悪そうで、私あんな人と上手くやれそうにない!」
「やれなくったってやるしかないでしょ。秀司さんと結婚するなら。結婚したら向こうの嫁になるんだから。」
「でも…‥‥」
「お腹の子のためにも、好きな人が生きていて、結婚出来るなら絶対しなさい。お姑さんなんて、小さいものよ。どんな人でも、あんたよりは大体早く死ぬんだから。」
「し、死ぬって…、そりゃそうだけど」
母の乱暴な慰めに、思わず笑いがこぼれてしまう。私は結局、こういう風に叱って喝を入れて欲しくてここに来たのかもしれない。
高校を出て働いて、最近は大人になった気でいたっていうのに。
妹に泣きついて、母親に叱られて、昔とちっとも変わらない。
携帯のバイブが鞄の中でまた鳴った。
「はい、」
「亜耶香っ!やっと繋がった…。今どこだ?まだ紗耶香さんのとこか?」
紗耶香め…私が寝てる内に連絡してたな。
「住所教えてくれ、今から車で迎えに行く。話が有るんだ。」
いつもの大人の余裕の欠片も無い、焦った声。初めてこの人のこんな声を聞いた。
「今、実家にいるの。この前来たから、分かるよね?」
制限速度を粉々に破ったタイムで彼は駆け付けた。母は、頑張んなさい、と一言いって私を送り出した。
車内は広くいつも通り清潔で、シートの座り心地も良いけれど、二人には堪らなく気まずい雰囲気が流れていた。先に口を開いたのは彼だった。