明日になれば…-9
「どちら様?」
軽く咳払いをして橘は答える。
「ボランティア団体、〈命のダイヤル〉を主催する橘と申します」
母親は何を勘違いしたのか、〈すいませんがウチは間に合ってます〉と答える。
「いえ、私はお宅の娘さんを連れて来たのです」
その時、中からバタバタと音が聴こえ、素早く玄関ドアが開いた。そこには息を切らせ、やつれた母親が立っていた。
彼女は、娘の顔を確認すると橘の存在を無視し、いきなり圭子の頬を平手打ちした。
「何すんのよ!」
「バカ!どれだけ親に心配掛けるの」
「お母さん、ちょっと待って下さい」
橘が圭子と母親の間に入る。
「何ですか、アナタ!」
母親は、ようやく橘の存在に気付いたのか、驚きの表情を見せる。
「私は昨夜、圭子さんを保護したんです。そして、彼女を救いたくて、アナタの元へ連れて来たんです」
「アナタは?」
「橘と申します。ボランティア団体の主催者です。私は圭子さんのように〈自己を見失った若者〉に救いの手を差しのべ、立ち直ってもらうのが目的なんです。
圭子さんは立ち直りたいと思ってます。そのために、アナタ方、ご両親と話し合いたいと。だから、私が連れて来たんです」
ようやく事態を飲み込めた母親は、橘を自宅に上がるように言った。
橘は座敷に座り見回した。広い座敷には、大きな仏壇が床の間の一角を占め、著名な書道家の作品だろうか、草書による掛軸が飾られ、鴨居には、何代も続いた家系を表すように、先祖の遺影が幾つも掛られている。
それらを見ても、圭子が恵まれた環境で育てられたのが分かる。
〈どうぞ〉と、母親が卓台に座る橘にお茶を差し出した。前に置かれたお茶を眺めながら、橘は頭を下げる。
母親は、橘の対面に座ると頭を下げた。
「先程は失礼しました。改めて娘を保護して頂いてありがとうございます」
橘は、目の前に出されたお茶を一口飲むと、彼女に向かって語り始める。
「私共の活動拠点が〇〇町に有るんですが、そこから10分ほど離れたコンビニで彼女を保護したんです」
橘は、圭子との経緯(いきさつ)と、何故彼女がそうなったのかを母親に伝えた。
「彼女は居場所を求めてます。聞けば貴方がた両親から〈要らない娘〉と言われたとか…」
母親は俯くと、
「…確かに…妊娠、中絶を起こした時には体裁を考えて…そう言いました。でも、圭子が…娘が家を出てから…何も手につかず、眠れない日を送ってました」
圭子は卓台に両手を着き、身を乗り出して母親に言った。