明日になれば…-29
翌日朝。
橘は再び春菜の実家を訪れる。父親は先日とはうって変わって、低姿勢だ。
「私が間違ってました…これにも言われましてね」
父親は母親を指差すと、言葉を続ける。
「小学校の頃から勉強、勉強という毎日でした。私立の有名中学に入った頃から、ちょっとでも成績が下がろうものなら叱責ばかり」
典型的な話だ。親が子を自分の型にはめようとして、子供の反発にあう。親は更に追い詰める。かくして関係は崩壊する。
「思えば、私は人の目ばかりを気にしていました。だが、コイツから言われたんです〈娘が生きてさえいれば良いじゃない〉と…」
橘は母親の方を見た。エプロンで顔を被い、静かに泣いていた。
「では、リハビリテーションを終えた娘さんを受け入れてくれるんですね?」
父親は俯いたまま答えた。
「はい。実は春菜の部屋は、出ていってからそのままなんです」
「そうだったんですかぁ」
橘はそう言うと柔和な表情で頷いた。
クルマに乗り込む橘を、夫婦で見送りに来てくれた。そして父親が頭を深く下げる。
「よろしくお願いします」
そう言った父親の目は真っ赤になり潤んでいた。
それから3ヶ月後、兼坂から〈もう大丈夫〉と言う知らせが橘の元に入った。その日のうちに橘は園長に会いに行った。
「春菜!」
「センセイ!」
春菜との再会。
彼女がまだ入院していた以来だから、3ヶ月ぶりだ。
余程嬉しかったのか、春菜は歓喜の声を挙げながら橘に抱きついてくる。
3ヶ月前は痩せこけていた身体が、すっかり元に戻るばかりか、少し逞しくなっている。孤児院で働いたおかげだろう。
春菜は、孤児院での体験談を矢継ぎ早に橘に聞かせる。それも大きなジェスチャーを交え、言葉にするのも、もどかしいように。
橘は、そのひとつ々を笑顔で頷いて聞いた。
ひとしきり体験談を聞き終えた時、橘は春菜に向かって言った。
「今日は、春菜に大切な知らせを持って来たんだ」
「何?センセイ、知らせって」
キラキラとした表情を向ける春菜。
「その前に園長先生に挨拶させてくれ」
橘は春菜に手を引っ張られて、職員室と書かれた部屋へ連れて行かれた。
「園長先生!センセイが挨拶したいんだって!」
春菜の弾んだ声が部屋に響き渡る。職員室と言っても6畳くらいのロッカーとイスが有るだけで、何の装飾品もない殺風景な部屋だった。奥にいた園長が橘に頭を下げた。
「橘さん。ご無沙汰しております」
橘も深々と頭を下げる。