明日になれば…-28
「アンタが連れて帰っても、また彼女はアンタから逃げるでしょう。何故、家出したのか考えるべきでしょうな」
橘は立ち上がると、
「アンタ方には居場所は教えない。自分で捜すんだな。もっとも、全国に孤児院が幾つあるか知らんがね」
そう言って玄関へと向かった。
「待て!話は終わって無いぞ!け、警察に訴えてやる」
侮蔑の眼差しを向ける橘。
「結構だ、それで春菜の安全が確保されるならオレは罪人でも構わない。ただ、アンタの嫌う〈近所中に知れ渡る事〉になるだろうがね」
橘は玄関を閉めると、来た道をクルマで帰って行った。悔しさと脱力感だけが彼の心を包んでいた。
春菜が孤児院で働くようになって2週間が過ぎた。
毎日が新しい発見と驚きの連続に、気持ちは充実していた。
彼女にとって子供の世話、というより人のために働くなど初めての体験だった。
炊事、洗濯、掃除はもちろんの事、小さな子に食事させたり、寝かしつける事や、風呂掃除にゴミ出しなど、大きな子達と一緒になって働いたりと、かなりの労働だ。
それが起床から就寝まで続くのだ。だが、それは春菜だけ特別では無い。園長をはじめ職員は皆、春菜と同じように働いている。
職員は春菜を入れて5人だから、彼女が来る前は4人でこれをこなしていたのだ。
しかも、めまぐるしく働く事がかえって春菜には良い方向に作用した。自身を振り返る余裕など無いからだ。
春菜が1日の中でホッと出来る時間は、子供達を学校に送り出し、洗濯や片付けを終えた午後のひと時と、就寝前だった。
この時刻、春菜は他の職員と談笑するようにしていた。過去の自分と決別するために。
そんな彼女を園長や他の職員達は、すっかり〈仲間〉として認めていた。
夜の活動中、橘の携帯が鳴った。ディスプレイには見覚えの無い番号が示してあった。
「はい…橘ですが」
「橘さん、先日はすいませんでした。アナタに罵声を浴びせて…」
相手は春菜の父親だった。橘は憤りよりも、〈どうしたんだ?〉という疑問が沸き上がった。
「いえ、気にしてませんから」
すると、春菜の父親は改まった口調で、
「もう1度会って頂けないでしょうか?アナタと前向きな話がしたいんです」
「分かりました。明日、朝で宜しいですか?」
〈お願いします〉と言って小林は電話を切った。橘の心に残っていたモヤモヤしたモノが一気に晴れた、そんな気持ちだった。