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明日になれば…
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明日になれば…-22

食事の間、草野は喋り続けた。橘に合わせてか、テーマは青少年の育成についてだ。
自分の組にも毎年、若い者が来るが、最近は掃除や電話応対、はては挨拶のやり方まで教えねばならない。
これでは一般企業の教育研修と変わらない。モノを知らないのは仕方がないが、それにも限度がある。その原因は学校や親が、人間として一番大事なモノを教えてないからだとする持論や、教育、社会道徳、大人との関わり方と、バラエティに富んだ話だ。
橘はそれに相づちを打ちながら関心していた。粗野な印象を受ける彼等が自分達となんら変わらない意見を持ってる事に。




食事も終わり、食後のコーヒーが運ばれてきた。胃の痛む先程までの緊張感がウソのようだ。橘はコーヒーをすすりながら、気だるさに浸っていた。
すると草野の携帯電話が鳴った。草野はカップを置くと携帯を取り出して通話ボタンを押した。

「どうした?……ふん、ふん……そうか……分かった……」

草野は電話を切ると携帯をしまいながら、

「アンタんトコの娘な」

橘は、草野の言葉を待った。

「は、春菜が!」

「とても連れて帰れる状態じゃないらしい。ウチが世話になっとる病院に入院させた」

橘の顔はみるみる蒼白に変わった。





橘の目の前のベッドには、シワ枯れた老婆ように痩せ細った春菜が横たわっていた。口は半開きのためか、溜った唾液が口の端からつたい落ち、瞬きはしているが、眼球は小刻みに揺れ動いている。典型的な麻薬中毒の症状だ。

草野の組員、斉藤の案内で病院に着いたのは、草野のビルを飛び出してから30分後だった。そこは春菜が拉致されていた雑居ビルの近くにある、小さな個人病院の病室だった。

病院も昔は個人経営でも潤っていたが、医療法の改正などで厳しくなった。彼等は徒党を組み、医療法人化してお互いをネットワーク化し、自らの利益を確保しようとした。しかし、その波に乗り損ねた町医者はひとたまりもなかった。
たちまち経営は行き詰った。看護師へ支払う給料も困る始末だった。そんな折、草野から提案があった。〈組で出たケガ人を秘密裏に助けてくれないか〉と。
逼迫していた町医者に選択の余地はなかった。今では、草野のおかかえ医者として働く毎日だ。その病室にはどう見ても〈その筋の輩〉がベッドを埋めていた。

春菜は病棟の一番奥にある個室に横たわっていた。橘は、ベッドの傍らでただ眺めるしか出来ない、自身の無力さを情けなく思った。

病室のドアが開けられた。橘は反射的にそちらを見る。主治医の先生が診察に来たのだ。その顔は色つやも良く、目立ったシワも無い。割賦の有る姿から40代に見えた。
橘は彼に一礼すると、ベッドからやや離れた。主治医は脈拍や血圧、聴診器によるチェックを終えると腕に注射をした。すると、春菜の表情は穏やかになって眠ってしまった。医者はそれを見届けると、橘の方を向き話し掛けた。

「挨拶が遅れました、主治医の兼坂です」

「橘と申します。先生、宜しくお願いします」

兼坂は事務的な口調で喋り掛ける。


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