明日になれば…-2
「バカヤロウ……」
橘忠雄。42歳。中学校教諭を経て、5年前〈命のダイヤル〉という民間ボランティア団体を設立。
当初は興味本意に掛けてくる電話が多く、冗談じみた誹謗、中傷を叫ぶ若者達。ましてや新手の風俗と勘違いして連絡してくる者もいた。
だが、橘にとってそんな事は折込済みだった。橘は夜中、街にタムロする若者に対して声を掛け、悩みを聞いて間違った道へと進まぬように、地道な地域活動を行なっていた。
それが少しづつ実を結び、賛同してくれる者が増えて団体も大きくなった。
今では関係者15名、橘達の主旨に賛同して活動してくれるボランティア団体の数は、20を超えるまでになった。彼は〈気持ちの繋がり〉を嬉しく思ってはいたが、複雑な心境だった。
橘の思いとは逆に、若年層の自殺者や志願者は増える一方だ。彼らの活動によって救われた者もたくさんいるが、全体からすれば〈焼け石に水〉の状態だった。
まだ橘の信念には、ほど遠かった。
橘は今日も深夜の繁華街に出かけると、若者を見つけては声を掛ける。
橘を見た若者達の第1印象は、〈怖そう〉が一番多を占めていた。黒っぽいシャツに黒のジーンズ、黒いジャケットに黒の靴。全身黒づくめな上に、髪はオールバックと、あまり雰囲気はよろしくない。
おまけに〈目付きが悪い〉という事から、最初に見た連中は皆〈ヤクザか刑事〉と思うそうだ。
しかし、彼の穏やかな口調と時折見せる優しげな目、そして何より〈真剣さ〉が皆に親しまれていた。
「どうしたんだ?こんな夜更けに…」
パトロール中、橘が声を掛けたのはコンビニの外に座り込む少女2人組だった。
「…アッ、センセイ…」
彼女達は、橘と面識があるらしく彼の事を〈センセイ〉と呼んだ。
「オマエ、この前、家に帰るって約束したじゃないか。何があったんだ?」
問い詰める橘。2人は俯いて視線を合わさない。
「圭子」
〈圭子〉と呼ばれた女の子は、諦めたように頭を上げると、ポツリと言った。
「…私…いらないんだって…」
そう言うと、地面にポトリポトリと彼女の涙が落ちた。
事は3週間前に遡る。
橘が活動中の深夜3時。ファミレスの駐車場で圭子と出会った。
いつものように声を掛ける。
「こんな時刻に何してんだ?」
彼女は橘の風貌から〈拉致される〉と勘違いして怯えていた。
そんな圭子に優しく声を掛ける。