桜が咲く頃〜優しさ〜-2
目の前には驚いたアイツの顔。
敵意は感じられない。
アイツは慌てて俺から離れ、俺に背を向けて座った。
何か仕組んでるわけではなさそうだ。
俺はアイツに背を向け手当てをはじめる。
アイツが近づいてきた。
『来るな』
俺はアイツを睨みつける。
アイツは一瞬立ち止まるが、再び近づく。
刀を抜き、切っ先をアイツに向ける。
『来るな』
それ以上近付けば斬るつもりだった。
『薬、塗りづらいだろ?
俺塗るから、貸して?』
アイツはそう言ってきた。
意図がわからず、俺はアイツを睨み続ける。
アイツは、自分の刀を離れた場所に置き
『俺がなんかしたら斬ればいい』
そう言って右手を差し出した。
俺は疑っていたが、アイツの言う通り、いざというときには斬ろうと思い、背中の手当てはやりづらかったので、アイツの申し出を受けることにした。
手当てを終え、風呂場を出る。
その足で今日の分の金を取りに行った。
この屋敷の給料は日払い制で、夜、担当者の部屋に行き、今日の分を受け取る。
風呂場を出でから、何故かアイツがついてくる。
アイツがいつ俺のことを人に話すかわからない。
近くにいれば話したかどうかがわかる。
好都合だと思い、何も言わなかった。
俺は次第に体調が悪くなってきた。
寒気がし、頭は痛くなり、ふらふらする。
俺は金を受け取るといつもの、裏庭に面した廊下の柱に寄りかかり、少し休もうと思った。
ほんの少し…
俺は夢を見た。
初めて『幸せ』を知った、あの日々のこと…
俺はそっと目を開けた。
白いものと畳が目に入る。更に向こうに、人の服が見える。
俺は飛び起きた。
『うっ…』
っとうめいて膝をつきながらも、枕元に置いてあった刀を手に取る。
『大丈夫か?』
声のする方を見ると、アイツがいた。
『無茶しないで、ゆっくり寝てろよ』
そう言って、手を伸ばしてきた。
俺は刀を構える。
アイツは困ったように笑い
『だいぶ、顔色良くなったな。
熱は下がったか?
そうだ、何か食べられるか?
俺、給仕の人に何か作ってもらえるよう頼んでくるよ』
そう言ってアイツは立ち上がった。
障子に手をかけ
『あのこと、誰にも言ってないから』
そう言うと部屋を出ていった。
俺は刀から手を離し、辺りを見回す。
きれいな部屋に、真っ白な布団。
布団で寝るなんて、いつぶりだろう…