『サクラ・桜』-3
「違いましたか?」
彼女はその揺れる瞳を僕の瞳に戻し、そしてゆっくりと首を、横に振った。
僕はそっと彼女の頬に触れた。僕の持つありったけの想いを伝えようと。
僕はぎゅっと彼女を抱きしめた。僕の持つありったけの温もりを伝えようと。
それらは、あるいは伝わったかもしれない。でも…やはりついに、彼女の身体から僕に温もりが伝わってくることはなかった。一方で彼女を近くに感じ、一方で彼女を遠くに感じた。どちらが正しいのか、僕には分からなかった。
「ねえハルくん。」
彼女は言った。
「もうすぐ、この桜はすべて散ってしまうわ…」
僕は顔を上げて桜を見た。もう花びらは、全盛のころと比べて半分、あるいはそれ以下に減っていた。
「明日まで…かな。」
そう言った彼女の表情にこめられた感情を読み取ろうとしたが、うまくいかなかった。それは僕が知るにはあまりにも難解なものだった。
「明日…桜は散って、春は終わるの。」
なにか暗示的な響きを持ったその言葉を、僕はなるべく頭の中に入れまいとしたが、それは理不尽にも僕の頭の一番奥までしっかりと入り込んだ。
「ハルくん、ごめんなさい。」
「どうしてあやまるんです?」
「…私のせいで、あなたが悲しい思いをする。」
「サクラさんのせいじゃありませんよ。僕のせいです。…それに、あなたがくれたのは、その悲しみよりずっと大きなものです。」
僕は微笑んで見せた。それは以前彼女が僕にむけていた微笑と似ていた。そうすることでしか、僕は悲しみを隠せなかった。
「ねえサクラさん。僕は、あなたが好きです。」
一文字一文字にありったけの気持ちを乗せて、彼女に届けた。
「私も好きよ、ハルくん。」
僕らは幸せを感じた。でも…その幸せの分だけ、悲しかった。
「サヨナラ…。」
その日の終わり、彼女は僕の背に向けてそう言った。