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『サクラ・桜』
【悲恋 恋愛小説】

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『サクラ・桜』-2

「ねえ、ハルくん、どうしていつもここに来るの?」

珍しく、彼女のほうから話かけてきた。

「いけませんか?来ちゃ。」

「…いけない、と言ったら?」

表情をくずさず、彼女は言う。

「それでも、来ますよ。あなたがここにいるというなら、ね。」

随分直接的に言ったつもりだ。だが彼女はその顔にいつもどおりの優しげな笑顔をはりつけたまま、「そう。」と言っただけだった。

 彼女の笑顔は、鎧だった。すべてを優しく拒絶する、冷たい、鉄の鎧。そして警告だった。危険地帯の手前に建てられた『立入禁止』の札のような。そして僕はそれ以外に彼女の表情を知らない。それは僕に彼女をとても遠くに感じさせた。その笑みのなかに幾らかの親しみもこめられていたから、余計に。そしてとても悲しかった。彼女がそうして鎧を着る理由を、札を建てる理由を、僕は知ってしまっているから…

 その日初めて、彼女は違う表情を見せた。

風が強い。桜の枝が風に吹かれ、花びらの何枚かが宙に舞っている。それでも残りの花びらは、強風と、季節の移ろいにも抵抗し、すがるように枝にしがみついていた。僕がいつものようにそこへ行ったとき、彼女は静かな目でその様子を眺めていた。それは桜の花びらに何らかの共感を覚えているような、そんな目だった。その共感が、既に枝から引き離されたものにむけてか、未だ枝にしがみついているものにむけてか、あるいはその両方か、残念ながらそれは分からなかった。僕が声をかけた時、彼女はいつも通りに微笑を浮かべることはせず、桜をみつめていた時の悲しそうな(僕にはそう見えた)顔のまま、僕を見上げた。

「こんにちは。」

言って僕は隣に座ったが、彼女はなにも言わなかった。そんな彼女を、僕もなにも言わずに、じっと見た。

「…もうここには来ないで。」

何の前触れも無く、彼女は言った。でも僕は驚かなかった。多分、そう言われるだろうと、なんとなく感じていたから。

「いやです。」

彼女の目から視線を外さずに、僕は言った。

「あなたのために言っているの。もう来ないほうがいいのよ。」

さっきよりも少しだけ強い声。

「いやです。」

「どうして…?」

「好きだからですよ。あなたが。」

彼女はついに視線を外した。

「…あなた本当はもう分かっているんでしょう?駄目なの…無理なの…。私はあなたの想いにこたえることなんてできないの。なのにどうしてここに居られるの?」

彼女の顔は、今にも泣き出しそうに見えた。

「…だって、今はじめて、あなたが僕に『ここに居て欲しい』って言ってくれている気がするから。」

風が一吹き…

彼女の長い髪がかすかに揺れる。それにあわせて彼女の瞳と、その奥のなにかも揺れた。


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